・・・ 外濠線へ乗って、さっき買った本をいい加減にあけて見ていたら、その中に春信論が出て来て、ワットオと比較した所が面白かったから、いい気になって読んでいると、うっかりしている間に、飯田橋の乗換えを乗越して新見附まで行ってしまった。車掌にそう・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・写楽も歌麿も国政も春信も外国人が買出してから騒ぎ出した。外国人が褒めなかったなら、あるいは褒めても高い価を払わなかったなら、古い錦絵は既くの昔し張抜物や、屏風や襖の下張乃至は乾物の袋にでもなって、今頃は一枚残らず失くなってしまったろう。少く・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・この一事もやはり春信以前の名匠の絵で最もよく代表されるように思う。この裾の複雑さによって絵のすわりがよくなり安定な感じを与える事はもちろんである。 裾の線は時に補景として描かれた幕のようなものや、樹枝や岩組みなどの線に反響している事があ・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・ 司馬江漢の随筆というのを古本屋の店頭で見つけたので、買って来て読んでみた。こういう書物は縁のない方であるが、何か理化学方面に関する掘出物でもあるかと思ったからである。 春信の贋物をかいたという事で評判のよくない人ではあるが、随筆を・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・いつもより一層遠く柔に聞えて来る鐘の声は、鈴木春信の古き版画の色と線とから感じられるような、疲労と倦怠とを思わせるが、これに反して秋も末近く、一宵ごとにその力を増すような西風に、とぎれて聞える鐘の声は屈原が『楚辞』にもたとえたい。 昭和・・・ 永井荷風 「鐘の声」
出典:青空文庫