・・・まず差当りは出来る限り、腹を温める一方ですな。それでも痛みが強いようなら、戸沢さんにお願いして、注射でもして頂くとか、――今夜はまだ中々痛むでしょう。どの病気でも楽じゃないが、この病気は殊に苦しいですから。」 谷村博士はそう云ったぎり、・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・小さな火鉢にわずかばかりの炭をたいたのでは、湯気を立てることすら不十分で、もとより室を暖めるだけの力はなかった。しかし、炭をたくさん買うだけの資力のないものはどうしたらいいか、それよりしかたはないのだ。近所に、宏荘な住宅はそびえている。それ・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・その温泉は鉱泉を温める仕掛けになっているのだが、たぶん風呂番が火をいれるのをうっかりしているのか、それとも誰かが水をうめすぎたのであろう。けれど、気の弱い私は宿の者にその旨申し出ることもできず、辛抱して、なるべく温味の多そうな隅の方にちぢこ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ある日小隊長は腹部に激痛を訴えたので、驚いた婆さんは灸を据えたが、医者は診て、こりゃ盲腸だ、冷やさなくちゃいけないのに温める奴があるかと、散々だった。幸い一命を取りとめ、手術もせずに全快したのは一枝や、千代やそれから千代の隣の水原芳枝という・・・ 織田作之助 「電報」
・・・ そんな溪の水で冷え切った身体は岩間の温泉で温める。馬にさえ「馬の温泉」というものがある。田植で泥塗れになった動物がピカピカに光って街道を帰ってゆく。それからまた晩秋の自然薯掘り。夕方山から土に塗れて帰って来る彼らを見るがよい。背に二貫三貫・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・そういう時、彼女の心を温める一人の兵士の俤と一人の看護婦の思い出とがあった。それはベルギーのアルベール皇帝とエリザベート皇后とであった。この活動の間にマリアは多くの危険にさらされ、一九一五年の四月のある晩は、病院からの帰り、自動車が溝に落ち・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・出来るなら、簡素なハーフ・ティンバーの平屋にし、冬は家中を暖める丈の、暖房装置が欲しゅうございます。 道路と庭との境は、低い常盤木の生垣とし、芝生の、こんもり樹木の繁った小径を、やや奥に引込んだ住居まで歩けたら、どんなに心持がよいでしょ・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・もみじの落葉を焚いて酒を暖めるというのが昔からの風流であるが、この落葉で風呂を沸かしたらどんなものであろうと思って、大きい背負い籠に何杯も何杯も運んで行って燃したことがある。長州風呂でかまどは大きかったのであるが、しかしもみじの葉をつめ込ん・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫