・・・ 科学的常識というのは、何も、天王星の距離を暗記していたり、ヴィタミンの色々な種類を心得ていたりするだけではないだろうと思う。もう少し手近なところに活きて働くべき、判断の標準になるべきものでなければなるまいと思う。 勿論、常識の判断・・・ 寺田寅彦 「流言蜚語」
・・・同じ教科書の中でも、動物、植物、鉱物、地理、歴史、化学のごとき、主として暗記すべきものは、こうしたほうが得なように思う。ちょっと例をあげてみると、教師からある種の質問を受けた時、悉皆頭脳に記憶してある事がらでも、どうもその質問に応じて、容易・・・ 寺田寅彦 「わが中学時代の勉強法」
・・・ことに先方に不幸でもあった場合に、向こうで述べるべき悔やみの言葉を宅から教わって暗記して行って、それをそのとおりに言おうとする時に、突然例の不思議な笑いが飛び出してくるのである。その時の苦しさは今でも忘れる事ができない。なかなかおかしいどこ・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・話の筋をよく暗記しておいて、林が一と区切りする毎に、私も本を見ないで通訳をした。 学芸大会では拍手喝采だった。各小学校の校長先生たちや、郡長さん始め、県の役人なども沢山いるところで、私たちは非常に面目をほどこしてから、受持の先生に引率さ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・ 毎年庭の梅の散りかける頃になると、客間の床には、きまって何如璋の揮毫した東坡の絶句が懸けられるので、わたくしは老耄した今日に至ってもなお能く左の二十八字を暗記している。梨花淡白柳深青 〔梨花は淡白にして柳は深青柳絮飛時花・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・これだけの言葉は、こんにち、日本と世界のために暗記してでも、くりかえされる意義をもっている。わたしたちは、平和を、欲している。たった三ことのこの日本語こそ、どの国の言葉に訳しても三つの言葉にまとまって世界の良心につながっているのである。〔一・・・ 宮本百合子 「この三つのことば」
・・・主義の項目を如何ほど暗記しようとしても、それの中心たる、これでこそ生きているという終極の安心は得られないでしょう。その時その女性は、本当に自分の道を見出す必要に迫られて来るのです。自分の安心立命の出来るものを発見しようとした時、初めて時代と・・・ 宮本百合子 「今日の女流作家と時代との交渉を論ず」
・・・高等学校の学生であった頃から父の洋行したい心持はつよく、ロンドンやパリの地図はヴェデカの古本を買って暗記する位であった由。この知識が偶然の功を奏して、当時富士見町の角屋敷に官職を辞していた老父のところへ、洋行がえりの同県人と称して来て五十円・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・ イワンは皆の知ってることしか知らないのだが、数字だけは特別出来な頭で時に教授より暗記しているおかしいやつ! 学生たちは、互に幼稚園時代から共学でやって来てる。一緒に働き、遊び、男の子たちは、女の子がヒステリーを起して卒倒するのから・・・ 宮本百合子 「ワーニカとターニャ」
・・・白居易の亡くなった宣宗の大中元年に、玄機はまだ五歳の女児であったが、ひどく怜悧で、白居易は勿論、それと名を斉ゅうしていた元微之の詩をも、多く暗記して、その数は古今体を通じて数十篇に及んでいた。十三歳の時玄機は始て七言絶句を作った。それから十・・・ 森鴎外 「魚玄機」
出典:青空文庫