・・・こんな田舎で気楽に暮したいとそういったっけね。なんでも家持に限るのだよ。それは芝居にいるも好いけれどもね。その次ぎには内というものが好いわ。そして子供でも出来ようもんなら、それは好くってよ。そんなことはお前さんには分からないわね。・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・此をお読みになる時は、熱い印度の、色の黒い瘠せぎすな人達が、男は白いものを着、女は桃色や水色の薄ものを着て、茂った樹かげの村に暮している様子を想像して下さい。 女の子が、スバシニと云う名を与えられた時、誰が、彼女の唖なことを思い・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・私がそのひとのお母さんを知っていて、そうしてそのお母さんは、或る事情で、その娘さんとわかれわかれになって、いまは東北のほうで暮しているのである。そうして時たま私に手紙を寄こして、その娘の縁談に就いて、私の意見を求めたりなどして、私もその候補・・・ 太宰治 「朝」
・・・ 二人きりで寂しくばかり暮しているというわけではない。ドリスの方は折々人に顔を見せないと、人がどうしたかと思って、疑って穿鑿をし始めようものなら、どんなまずい事になるかも知れない。詐偽の全体が発覚すまいものでもない。そこで芝居へ稽古に行・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・かなりに貧しい暮しをしていたらしい。その時分の研学の仲間に南ロシアから来ている女学生があって、その後一九〇三年にこの人と結婚したが数年後に離婚した。ずっと後に従妹のエルゼ・アインシュタインを迎えて幸福な家庭を作っているという事である。 ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 私はそのおきぬさんの家の庭の泉石を隔てたお亭のなかに暮らしていたのであった。私は何だかその土地が懐かしくなってきた。「せめて須磨明石まで行ってみるかな」私は呟いた。「は、叔父さんがお仕事がおすみでしたら……」桂三郎は応えた。・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ 正月一ぱい、私は紙鳶を上げてばかり遊び暮した。学校のない日曜日には、殊更に朝早く起出て、冬の日の長からぬ事を恨んだが、二月になって或る日曜日の朝は、そのかいもなく雪であった。そして、ついぞ父親の行かれた事のない勝手口の方に、父の太い皺・・・ 永井荷風 「狐」
・・・カーライルはこのクロムウェルのごときフレデリック大王のごときまた製造場の煙突のごとき家の中でクロムウェルを著わしフレデリック大王を著わしディスレリーの周旋にかかる年給を擯けて四角四面に暮したのである。 余は今この四角な家の石階の上に立っ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・子供の時は村の小学校に通うて、父母の膝下で砂原の松林の中を遊び暮した。十三、四歳の時、小姉に連れられて金沢に出て、師範学校に入った。村では小学校の先生程の学者はない、私は先生の学校に入ったのである。然るに幸か不幸か私は重いチブスに罹って一年・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・田舎のどこの小さな町でも、商人は店先で算盤を弾きながら、終日白っぽい往来を見て暮しているし、官吏は役所の中で煙草を吸い、昼飯の菜のことなど考えながら、来る日も来る日も同じように、味気ない単調な日を暮しながら、次第に年老いて行く人生を眺めてい・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫