・・・これは有り得る。そう安心すると、私は雪に対して、まえよりも強い、はばのひろい愛情を覚えたのだった。恋愛に憐憫の情がまじると、その感情はいっそうひろがり高まるものらしい。「いや、そんなことはない。君の方が美しい。顔の美しさは心の美しさだ。・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
学問の研究は絶対自由でありたい。これはあらゆる学者の「希望」である。しかし、一体そういう自由がこの世に有り得るものか、どの程度までそれが可能であるか、またその可能限度まで自由を許すことが、当該学者以外の多数の人間にとって果・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・「しかしそんな事が有り得る事かな」と念のため津田君に聞いて見る。「ここにもそんな事を書いた本があるがね」と津田君は先刻の書物を机の上から取り卸しながら「近頃じゃ、有り得ると云う事だけは証明されそうだよ」と落ちつき払って答える。法学士の知・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・彼らにとって有害なるものも、その真の効用を解する他のものにとっては有益で有り得る。偶像再興が生活にとって意義あるはそのためである。二 文字通りの「偶像」について考えてみる。 使徒パウロは偶像を排するに火のごとき熱心をもっ・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫