・・・その興るに当っては人の之に意を注ぐものなく、その漸く盛となるや耳に熟するのあまり、遂にその消去る時を知らしめない。服飾流行の変遷も亦門巷行賈の声にひとしい。 明治四十一年頃ロシヤのパンパンが耳新しく聞かれた時分、豆腐屋はまだ喇叭を吹かず・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・其ノ服飾鬟髻ノ如キハ別ニ観察シテ之ヲ記ス可シ。此ノ宵一婢ノ適予ガ卓子ノ傍ニ来ツテ語ル所ヲ聞クニ、此酒肆ノ婢総員三十余人アリト云。婢ハ日々其家ヨリ通勤ス。家ハ家賃廉低ノ地ヲ択ブガ故ニ大抵郡部新開ノ巷ニ在リ。別ニ給料ヲ受ケズ、唯酔客ノ投ズル纏頭・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・大名、武家に対して町人の服装は制限されていたから、表は木綿で裏には見事な染羽二重をつける服飾も、粋という名で町人の風俗となった。武家の能狂言に対して、芝居が発達した。その大門をくぐれば、武士も町人も同等な男となって、太夫の選択にうけみでなけ・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・その夢を託す一つのよすがとして、婦人雑誌はどれもこれも争ってけばけばしい表紙をつけてたくさんの服飾写真を載せています。到る処でいろいろな流行歌がうたわれています。アメリカ映画はどんどん入ってきます。銀座の街は植民地の店々のような色彩を溢らせ・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・後者は、こんにち日本の銀座にジュリアン・ソレルという服飾店などがあることを、アルジェリア女の口からきくパリまがいのフランス語とひとしく、その人々のためにまたフランスの良心のために汗ばむ思いで見ているわけである。 民主主義文学の批評の能力・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・若い方は、どなたも御存知です。服飾の上で自分の色彩を統一して、どれとくみあわせてもみっともなくないようになさいということを。美しくなろうと思えば、自分の体質と皮膚とをよく知って、自分によく合った化粧品をきめて、つづけてゆき、新聞にでる総ての・・・ 宮本百合子 「質問へのお答え」
・・・だから服飾として誇張されているものが、そのままほんとうの生々した女の心の張りから生じる線や色の取合せのニューアンスというものが壊される場合が比較的に多い。夜のお化粧とか朝のお化粧とかそう云う化粧読本の箇条としての一般論みたいなものは行き渡っ・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・それを発揚した時代への思慕は、女の服飾の流行に桃山時代好みとして再現されている。国威というものの普通解釈されている内容によって、それを或る尊厳、確信ある出処進退という風に理解すると、今回のオリンピックに関しては勿論、四年後のためにされている・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・モードを創ってブルワールに堂々たる店をもっているような服飾家ではない。ほんとのお針女、日給僅か三フランを得るために、ある時はブルジョアの家に出張したり、またある時は、自家の小さな部屋――ミシンのところへ行くのにはマネキン人形をずらさなければ・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・ただに服飾の粗に甘んじたばかりではない。立派な第宅におりたいとも言わず、結構な調度を使いたいとも言わず、うまい物を食べたがりも、面白い物を見たがりもしなかった。 お佐代さんが奢侈を解せぬほどおろかであったとは、誰も信ずることが出来ない。・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫