朝食の食卓で偶然箱根行の話が持上がって、大急ぎで支度をして東京駅にかけつけ、九時五十五分の網代行に間に合った。二月頃から、一度子供連れで熱海へでも行ってみようと云っていたが、日曜というと天気が悪かったり、天気がいいと思うと・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・ある日朝早く行くと、先生は丁度朝食を認めている最中であった。家が狭いためか、または余を別室に導く手数を省いたためか、先生は余を自分の食卓の前に坐らして、君はもう飯を食ったかと聞かれた。先生はその時卵のフライを食っていた。なるほど西洋人という・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・そこでノソノソ下へ降りて行って朝食を食うのだよ。起きて股引を穿きながら、子にふし銅鑼に起きはどうだろうと思って一人でニヤニヤと笑った。それから寝台を離れて顔を洗う台の前へ立った。これから御化粧が始まるのだ。西洋へ来ると猫が顔を洗うように簡単・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 同じように不活溌な千代の手にやや悩まされながら二日目の朝食がすむと、さほ子は、三畳の彼女の部屋に行って見た。 千代は、きのう来た時と勝るとも劣らない化粧をこらした顔を窓に向け、ちんまり机の前に坐っていた。 机の上には、小さい本・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 戸外が静かな通り、家の中も森としている。朝食をしまうと、すぐエーは机に向った。 私も四五通の手紙を書き、フランシス・エドワーズの目録を見る。素晴らしそうなのが沢山あり、特にバートンのアラビアンナイトの原版、小画風の插画のあるキング・・・ 宮本百合子 「静かな日曜」
・・・ 新聞を読むのは、平常は朝ですけれど、創作中は、朝食後すぐ机に坐りますので、いつもお昼御飯のときに読むことにしています。 食事 朝は、起きてから洗面や化粧――といっても、わたくしの化粧は、ちょいちょいと手早・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・にこやかなおだやかな朝食をすませた。小さい弟に出来る事はさせて、あんまり私をよばないで下さいまし」とことわると「御前なんか、一日中机にかじりついていたってろくな事は出来るはずがないんだから働いた方がましだ」と云われたけれ・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・起きた順に、朝食はすまして勉強することに定めてあるのだから。見ると、日の照る縁側に、まだ起きぬけのままの姿で、友達が立っている。ただのんきに佇んでいるのではない。丁度自分のところまで閉めた硝子戸によりそい、凝っと動かず注意をあつめて庭の方を・・・ 宮本百合子 「春」
・・・かるい朝食をすまして二人は森に行きました。雪はすっかりやんで美くしい朝日にそれはそれは何とも云われないほど立派にかがやいて居ます。二人はその上をかるく歩みながらよっぽどあるきました。段々雪がまばらになってもうすっかり雪のない所に来ました。二・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・ 下宿の女主人は、上品な老処女である。朝食に出た時、そのおばさんにエルリングはどこのものかという事を問うた。「ラアランドのものでございます。どなたでもあの男を見ると不思議がってお聞きになりますよ。本当にあのエルリングは変った男です。・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫