・・・もないものを、臨機縦横の気働きのない学芸だから、中座の申訳に困り、熱燗に舌をやきつつ、飲む酒も、ぐッぐと咽喉へ支えさしていたのが、いちどきに、赫となって、その横路地から、七彩の電燈の火山のごとき銀座の木戸口へ飛出した。 たちまち群集の波・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 縫えると、帯をしめると、私は胸を折るようにして、前のめりに木戸口へ駈出した。挨拶は済ましたが、咄嗟のその早さに、でっぷり漢と女は、衣を引掛ける間もなかったろう……あの裸体のまま、井戸の前を、青すすきに、白く摺れて、人の姿の怪しい蝶に似・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ わあ、わっ、わっ、わっ、おう、ふうと、鼻呼吸を吹いた面を並べ、手を挙げ、胸を敲き、拳を振りなど、なだれを打ち、足ただらを踏んで、一時に四人、摺違いに木戸口へ、茶色になって湧いて出た。 その声も跫音も、響くと、もろともに、落ちかかっ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・背の高い珊瑚樹の生垣の外は、桑畑が繁りきって、背戸の木戸口も見えないほどである。西手な畑には、とうもろこしの穂が立ち並びつつ、実がかさなり合ってついている、南瓜の蔓が畑の外まではい出し、とうもろこしにもはいついて花がさかんに咲いてる。三角形・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・いくつかの、まだ見たことのない森や、まだ知らない道を通って、やはり原っぱの中に、五、六軒あった、その一軒の前に止まり、庭の木戸口を開けて、二人は、入りました。「ここが、僕の家だよ、あがりたまえ。」 庭には、はげいとうや、しおんのよう・・・ 小川未明 「少年と秋の日」
・・・裏の木戸口から物置の方へ通う空地は台所の前にもいくらかの余裕を見せ、冷々とした秋の空気がそこへも通って来ていた。おげんはその台所に居ながらでも朝顔の枯葉の黄ばみ残った隣家の垣根や、一方に続いた二階の屋根などを見ることが出来た。「おさださ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ ネリは悦んで飛びあがり、二人は手をつないで木戸口に来たんだ。ペムペルはだまって二つのトマトを出したんだ。 番人は『ええ、いらっしゃい。』と言いながら、トマトを受けとり、それから変な顔をした。 しばらくそれを見つめていた。 ・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・亮二は思わず、つっと木戸口を入ってしまいました。すると小屋の中には、高木の甲助だの、だいぶ知っている人たちが、みんなおかしいようなまじめなような顔をして、まん中の台の上を見ているのでした。台の上に空気獣がねばりついていたのです。それは大きな・・・ 宮沢賢治 「祭の晩」
出典:青空文庫