・・・…… 立淀んだ織次の耳には、それが二股から遠く伝わる、ものの谺のように聞えた。織次の祖母は、見世物のその侏儒の婦を教えて、「あの娘たちはの、蜘蛛庄屋にかどわかされて、そのこしもとになったいの。」 と昔語りに話して聞かせた所為であ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・冴えた通る声で野末を押ひろげるように、鳴く、トントントントンと谺にあたるような響きが遠くから来るように聞える鳥の声は、梟であった。 一ツでない。 二ツも三ツも。私に何を談すのだろう、私に何を話すのだろう。鳥がものをいうと慄然として身・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・ と云った、女の声とともに、谺が冴えて、銃が響いた。 小県は草に、伏の構を取った。これは西洋において、いやこの頃は、もっと近くで行るかも知れない……爪さきに接吻をしようとしたのではない。ものいう間もなし、お誓を引倒して、危難を避けさ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・……風は死んだのに、遠くなり、近くなり、汽車が谺するように、ゴーと響くのは海鳴である。 更に遠く来た旅を知りつつ、沈むばかりに階段を下切った。 どこにも座敷がない、あっても泊客のないことを知った長廊下の、底冷のする板敷を、影のさまよ・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ と二たび三たび、谺を返して、琵琶はしきりに名を呼べり。琵琶はしきりに名を呼べり。明治二十九年一月 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・さほどの寒さとは思えないが凍てたのかと思って、谺のように高く手を鳴らして女中に言うと、「あれ、汲み込みます。」と駈け出して行くと、やがて、スッと水が出た。――座敷を取り替えたあとで、はばかりに行くと、ほかに手水鉢がないから、洗面所の一つを捻・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・――また遠く離れて、トントントントンと俎を打つのが、ひっそりと聞えて谺する……と御馳走に鶫をたたくな、とさもしい話だが、四高にしばらく居たことがあって、土地の時のものに予備知識のある学者だから、内々御馳走を期待しながら、門から敷石を細長く引・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・しかも噂と事ちがって、あまりの痛苦に、私は、思わず、ああっ、と木霊するほど叫んでしまった。楽じゃないなあ、そう呟いてみて、その己れの声が好きで好きで、それから、ふっとたまらなくなって涙を流した。死ぬる直前の心には様様の花の像が走馬燈のように・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・いまも、ふと、蚊帳の中の蚊を追い、わびしさ、ふるさとの吹雪と同じくらいに猛烈、数十丈の深さの古井戸に、ひとり墜落、呼べども叫べども、誰の耳にもとどかぬ焦慮、青苔ぬらぬら、聞ゆるはわが木霊のみ、うつろの笑い、手がかりなきかと、なま爪はげて血だ・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ 高野さちよは、山の霧と木霊の中で、大きくなった。谷間の霧の底を歩いてみることが好きであった。深海の底というものは、きっとこんなであろう、と思った。さちよが、小学校を卒業したとしに、父は、ふたたび隣りのまちの女学校に復職した。さちよの学・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫