・・・飾の鳥には、雉子、山鶏、秋草、もみじを切出したのを、三重、七重に――たなびかせた、その真中に、丸太薪を堆く烈々と燻べ、大釜に湯を沸かせ、湯玉の霰にたばしる中を、前後に行違い、右左に飛廻って、松明の火に、鬼も、人も、神巫も、禰宜も、美女も、裸・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・「その時、旗を衝と上げて、と云うと、上げたその旗を横に、飜然と返して、指したと思えば、峰に並んだ向うの丘の、松の梢へ颯と飛移ったかと思う、旗の煽つような火が松明を投附けたように※と燃え上る。顔も真赤に一面の火になったが、遥かに小さく・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ たちまち、炬のごとく燃ゆる、おもほてりを激しく感じた。 爺さんが、庫裡から取って来た、燈明の火が、ちらちらと、「やあ、見るもんじゃねえ。」 その、扇子を引ったくると、「あなたよ、こんなものを置いとくだ。」 と叱・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「ああ、御苦労様――松明ですか。」「えい、松明でゃ。」「途中、山路で日が暮れますか。」「何、帰りの支度でゃ、夜嵐で提灯は持たねえもんだで。」中の河内までは、往還六里余と聞く。――駕籠は夜をかけて引返すのである。 留守に念も置かないで、そ・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・ 空は晴れて、霞が渡って、黄金のような半輪の月が、薄りと、淡い紫の羅の樹立の影を、星を鏤めた大松明のごとく、電燈とともに水に投げて、風の余波は敷妙の銀の波。 ト瞻めながら、「は、」と声が懸る、袖を絞って、袂を肩へ、脇明白き花一片・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・彼等をシベリアへよこした者は、彼等がこういう風に雪の上で死ぬことを知りつつ見す見すよこしたのだ。炬たつに、ぬくぬくと寝そべって、いい雪だなあ、と云っているだろう。彼等が死んだことを聞いたところで、「あ、そうか。」と云うだけだ。そして、それっ・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・王子の金の鎧は、薄暗い森の中で松明のように光っていました。婆さんは、これを見のがす筈は、ありません。風のように家を飛び出し、たちまち王子を、馬からひきずり落してしまいました。「この坊ちゃんは、肥えているわい。この肌の白さは、どうじゃ。胡・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・なんぞと云うのだが、この給仕頭の炬の如き眼光を以て見ても、チルナウエルを研究家だとすることは出来なかったのである。それから銀行であるが、なるほどウィインの銀行は、いてもいなくても好い役人位は置く。しかしそれに世界を漫遊させる程、おうような評・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ただ一つのおもしろかったのは、麻糸か何かの束を黄蝋で固めた松明を買わされて持って行ったが、噴気口のそばへ来ると、案内者はそれに点火して穴の上で振り回した。そして「蒸気の噴出が増したから見ろ」と言うのだが、私にはいっこうなんの変わりもないよう・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・そこで甲地から乙地に通信をしようと思うときには先ず甲で松明を上げる。乙地でそれを認めたらすぐ返答にその松明を上げて同時に土器の底の栓を抜いて放水を始める。甲地でも乙の松明の上がると同時に底の栓を抜く。そうして浮かしてある栓の棒がだんだんに下・・・ 寺田寅彦 「変った話」
出典:青空文庫