・・・しかも柳橋の小えんという、――」「君はこの頃河岸を変えたのかい?」 突然横槍を入れたのは、飯沼という銀行の支店長だった。「河岸を変えた? なぜ?」「君がつれて行った時なんだろう、和田がその芸者に遇ったというのは?」「早ま・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・吾妻橋から川下ならば、駒形、並木、蔵前、代地、柳橋、あるいは多田の薬師前、うめ堀、横網の川岸――どこでもよい。これらの町々を通る人の耳には、日をうけた土蔵の白壁と白壁との間から、格子戸づくりの薄暗い家と家との間から、あるいは銀茶色の芽をふい・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・「三浦は贅沢な暮しをしているといっても、同年輩の青年のように、新橋とか柳橋とか云う遊里に足を踏み入れる気色もなく、ただ、毎日この新築の書斎に閉じこもって、銀行家と云うよりは若隠居にでもふさわしそうな読書三昧に耽っていたのです。これは勿論・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・「この頃はどこへ行っているんだい?」「柳橋だよ。あすこは水の音が聞えるからね。」 これもやはり東京人の僕には妙に気の毒な言葉だった。しかし彼はいつの間にか元気らしい顔色に返り、彼の絶えず愛読している日本文学の話などをし出した。・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・現にこの間この石河岸から身を投げた男なぞも、同じ柳橋の芸者とかに思をかけたある米問屋の主人の頼みで、あの婆が造作もなく命を捨てさせてしまったのだそうです。が、どう云う秘密な理由があるのか、一人でもそこで呪い殺された、この石河岸のような場所に・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・六金さんのほかにも、柳橋のが三人、代地の待合の女将が一人来ていたが、皆四十を越した人たちばかりで、それに小川の旦那や中洲の大将などの御新造や御隠居が六人ばかり、男客は、宇治紫暁と云う、腰の曲った一中の師匠と、素人の旦那衆が七八人、その中の三・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・ 三「ほほほ、賞めまするに税は立たず、これは柳橋も新橋も御存じでいらっしゃいましょう、旦那様のお前で出まかせなことを失礼な。」 小山判事は苦笑をして、「串戯をいっては不可ん、私は学生だよ。」「あら、あ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「なに、下町の方ですがね。」「柳橋……」 と言って、覗くように、じっと見た。「……あるいはその新橋とか申します……」「いや、その真中ほどです……日本橋の方だけれど、宴会の席ばかりでの話ですよ。」「お処が分かって差支え・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ええ、私だって柳橋に居りゃ助けるわ。それが悪けりゃ世間様、勝手になさいな。またお役所の事なんか、お墓のお母さんもそう云いました。蔦がどんな苦労でも楽みにしますから、お世帯向は決して御心配なさいますなって、……云ってましたよ。早瀬 難有い・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ 日本橋区内では○本柳橋かかりし薬研堀の溝渠 浅草下谷区内では○浅草新堀○御徒町忍川○天王橋かかりし鳥越川○白鬚橋瓦斯タンクの辺橋場のおもい川○千束町小松橋かかりし溝○吉原遊郭周囲の鉄漿溝○下谷二長町竹町辺の溝○三味線堀。その他なお・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
出典:青空文庫