・・・シグナルとシグナレスはぱっと桃色に映えました。いきなり大きな幅広い声がそこらじゅうにはびこりました。「おい。本線シグナルつきの電信柱、おまえの叔父の鉄道長に早くそう言って、あの二人はいっしょにしてやった方がよかろうぜ」 見るとそれは・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・ 7 かしわばやしの夜桃色の大きな月はだんだん小さく青じろくなり、かしわはみんなざわざわ言い、画描きは自分の靴の中に鉛筆を削って変なメタルの歌をうたう、たのしい「夏の踊りの第三夜」です。 8 月夜のでんしんばしら・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・それからだんだんのんびりしたいかにも春らしい桃色に変りました。 まっ黒な着物を着たばけものが右左から十人ばかり大きなシャベルを持ったりきらきらするフォークをかついだりして出て来て「おキレの角はカンカンカン ばけもの麦はベラン・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・あなたのまはりは桃色の後光よ。」「ほんたうよ。あなたのまはりは虹から赤い光だけ集めて来たやうよ。」「あら、さう。だってやっぱりつまらないわ。あたしあたしの光でそらを赤くしようと思ってゐるのよ。お日さまが、いつもより金粉をいくらかよけ・・・ 宮沢賢治 「まなづるとダァリヤ」
・・・ 千代は、桃色の襟をのぞかせたエプロンの上に両手を重ね、伏目になって云った。「はい。――でも……あのこれ一枚でございますから」 さほ子は、気の毒らしい顔を伏せて、せっせと鉢の中をかきまぜた。「――もう一枚一寸したのがございま・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・細い桃色鉛筆で奇怪な分数を約すように同じ文字を消して行くRとR、UとU、KとKと。残った綴字はいくつあるかL、F、H、LFH……ああ 私はH、H! 何と云う暗合内心に深く沈み込んだ私の批難が此処に現れ出よ・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・ 仕立て上げて手も通さずにある赤い着物を見るにつけ桃色の小夜着を見るにつけて歎く姉の心をせめて万が一なりと知って呉れたら切ない思い出にふける時のまぼろしになり夢になり只一言でも私のこの沈み勝な心を軽く優しくあの手(さな手で撫でても呉れる・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 濃い紅の唇を尖らせ、桃色の頬を膨らませて飲むのである。 木立のところどころで、じいじいという声がする。蝉が声を試みるのである。 白い雲が散ってしまって、日盛りになったら、山をゆする声になるのであろう。 この時只一人坂道を登・・・ 森鴎外 「杯」
・・・ 巣の内の雛が親鳥の来るのを見つけたように、一列に并んだ娘達が桃色の脣を開いて歌ったことであろう。 その賑やかな声は今は聞えない。 しかしそれと違った賑やかさがこの間を領している。或る別様の生活がこの間を領している。それは声の無・・・ 森鴎外 「花子」
・・・ 丁度その時、鏡のような廻廊から、立像を映して近寄って来るルイザの桃色の寝衣姿を彼は見た。 彼は起き上ることが出来なかった。何ぜなら、彼はまだ、ハプスブルグの娘、ルイザに腹の田虫を見せたことがなかったから。ルイザは呆然として、皇帝ナ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫