・・・紙の上と実物の雁来紅の植込みとを、幾度も幾度も見較べた揚句、些か腑に落ちぬ顔つきで戻って来た。「かあさん、あの人、黄色い葉っぱ描いてるよ」 おとなしやかな母親、それに答えず悠くり床几から立った。「あ、そろそろお池の方を廻って帰り・・・ 宮本百合子 「百花園」
・・・ 大きな八つ手が植込みになった横から石川は台所に廻った。硝子戸が開いて、外套を着た男が佇んでいる。男は石川を見ると、ひょいと頭を下げて傍へどいた。「あら! 帰らないで下さいよあなた! あなた」という奥さんの声に石川は、「やあ・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・そして、左右に浅い植込みを持ち、奥にその女の住う格子戸を眺める門内に立つと、覚えず身を縮めるような心持になった。 何とも云えない、ひどい様子である。 とっつきの左にある木戸は脱れてばたばたになって居る。雨戸の閉った玄関傍のつわ蕗や沈・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・一里ばかり離れた郡山の町から一直線の新道がつくられて、そのポクポク道をやって来たものはおのずから村を南北に貫通している大通りへぶつかり、その道を真っ直ぐ突切ると爪先上りの道は同じ幅で松の植込みのある、いくらか昔話の龍宮に似た三層楼の村役場の・・・ 宮本百合子 「村の三代」
・・・黄葉した植込みの奥のもっと黄色い柱列を入って行って、旅券の後に添付されてるSSSL居住許可証を返して来た。桃色の大判用紙をはがすとき、掛りの男は紙を旅券につけていた赤い封蝋をこわした。封蝋はポロポロ砕け、樺の事務机の上にこぼれた。日本女は今・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
・・・ 丁度駒込一帯の高台の端に建って居る、四間の家は、長屋のびっしり詰った谷一つを越して、桜や松の植込みが見える曙町の高台に面して居た。 夜に成ると、山門と、静かな鐘楼の間から松の葉越しに、まるで芝居の書割のように大きな銀色の月が見える・・・ 宮本百合子 「われらの家」
・・・西向きの一室、その前は植込みで、いろいろな木がきまりなく、勝手に茂ッているが、その一室はここの家族が常にいる室だろう、今もそこには二人の婦人が…… けれどまず第一に人の眼に注まるのは夜目にも鮮明に若やいで見える一人で、言わずと知れた妙齢・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・門をはいると右手に庭の植え込みが見え、突き当たりが玄関であったが、玄関からは右へも左へも廊下が通じていて、左の廊下は茶の間の前へ出、右の廊下は書斎と客間の前へ出るようになっていた。ところで、この書斎と客間の部分は、和洋折衷と言ってもよほど風・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫