・・・ 当時、検閲はきびしかった。まして長い禁止の後に、また発表されはじめた小説であったから、表現が制限されて、今読みかえすと感動で咽喉がつまって声も言葉ものびのびとはでていない。このわかりにくい程気をつかったいいまわしや、省略にもかかわらず・・・ 宮本百合子 「「広場」について」
・・・そのうち検閲関係の清水というのが来て『働く婦人』の問題を持ち出した。わたしらの雑誌『働く婦人』の調子が号を重ねるにつれきつくなって、四月号などは男の雑誌か女の雑誌かわからないほど高度になっている。これでは黙っておけぬ、というのです。とくに、・・・ 宮本百合子 「ますます確りやりましょう」
・・・世界の歴史の進展によって、生きている人間の活溌な心は、変らざるを得ない、という、最も人間的な、従って最も文学的なモメントにおいて、日本の読者たちは、検閲の扉で、ぴったりとその興味ある世界から閉め出されてしまったのであった。「欧羅巴の七つ・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
・・・出版に対する検閲は猛烈にやかましくて、何万種類出版物がふえようとも、それらの内容は全く、情報局編輯であるという点では、ただ一冊の本に過ぎないと同じであった。昭和二十年八月まで、日本の中には安心して口をきける場所というものがほとんどなかった。・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・「あれは外国から這入る印刷物を検閲して、活版に使う墨で塗り消すことさ。黒くするからカウィアにするというのだろう。ところが今年は剪刀で切ったり、没収したりし出した。カウィアは片側で済むが、切り抜かれちゃ両面無くなる。没収せられればまるで無・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・ 空中楼閣を描く夢はアインシュタインとて持ったであろうが、いまそれが、この栖方の検閲にあって礎石を覆えされているとは、これもあまりに大事件である。梶にはも早や話が続かなかった。栖方を狂人と見るには、まだ栖方の応答のどこ一つにも狂いはなか・・・ 横光利一 「微笑」
芸術の検閲 ロダンの「接吻」が公開を禁止されたとき、大分いろいろな議論が起こった。がその議論の多くは、検閲官を芸術の評価者ででもあるように考えている点で、根本に見当違いがあったと思う。 検閲官は芸術の解らない人であって・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫