・・・ わたしは横合いから口を挟んだ。その若槻という実業家とは、わたしもつい四五日前、一しょに芝居を見ていたからである。「そうだ。青蓋句集というのを出している、――あの男が小えんの檀那なんだ。いや、二月ほど前までは檀那だったんだ。今じゃ全・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・その時誰か横合いから、「幸さん」とはっきり呼んだものがあった。客は明らかにびっくりした。しかもその驚いた顔は、声の主を見たと思うと、たちまち当惑の色に変り出した。「やあ、こりゃ檀那でしたか。」――客は中折帽を脱ぎながら、何度も声の主に御時儀・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・ お絹の夫も横合いから、滑かな言葉をつけ加えた。ちょうど見舞いに来合せていた、この若い呉服屋の主人は、短い口髭に縁無しの眼鏡と云う、むしろ弁護士か会社員にふさわしい服装の持ち主だった。慎太郎はこう云う彼等の会話に、妙な歯痒さを感じながら・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・それが側で見ていても、余り歯痒い気がするので、時には私も横合いから、『それは何でも君のように、隅から隅まで自分の心もちを点検してかかると云う事になると、行住坐臥さえ容易には出来はしない。だからどうせ世の中は理想通りに行かないものだとあきらめ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・そこへ江木上等兵が、突然横合いから声をかけた。「どうだい、握手で××××のは?」「いけねえ。いけねえ。人真似をしちゃ。」 今度は堀尾一等卒が、苦笑せずにはいられなかった。「××れると思うから腹が立つのだ。おれは捨ててやると思・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・バスが発車してまもなく横合いからはげしく何物かが衝突したと思うと同時に車体が傾いて危うく倒れそうになって止まった。西洋人のおおぜい乗った自用車らしいのが十字路を横から飛び出してわれわれのバスの後部にぶつかったのであった。この西洋人の車は一方・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
出典:青空文庫