・・・昨年の春より今年の春まで一年と三月の間、われは貴嬢が乞わるるままにわが友宮本二郎が上を誌せし手紙十二通を送りたり、十二通に対する君が十五通の礼状を数えても一年と三月が間の貴嬢がよろこびのほどは知らる。今十二通の裏にみなぎる春の楽しみを変えて・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
わが青年の名を田宮峰二郎と呼び、かれが住む茅屋は丘の半腹にたちて美わしき庭これを囲み細き流れの北の方より走り来て庭を貫きたり。流れの岸には紅楓の類を植えそのほかの庭樹には松、桜、梅など多かり、栗樹などの雑わるは地柄なるべし、――区何町・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・その時老人の言葉に、菫のことをば太郎坊次郎坊といいまするから、この同じような菫の絵の大小二ツの猪口の、大きい方を太郎坊、小さい方を次郎坊などと呼んでおりましたが、一ツ離して献げるのも異なものですから二つともに進じましょう、というのでついに二・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・右筆の戸倉二郎というものは突と跳り込んだ。波伯部が帰って来た時、戸倉は血刀を揮って切付けた。身をかわして薄手だけで遁れた。 翌日は戦だった。波伯部は戸倉を打って四十二歳で殺された主の仇を復したが、管領の細川家はそれからは両派が打ちつ打た・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
子供らは古い時計のかかった茶の間に集まって、そこにある柱のそばへ各自の背丈を比べに行った。次郎の背の高くなったのにも驚く。家じゅうで、いちばん高い、あの子の頭はもう一寸四分ぐらいで鴨居にまで届きそうに見える。毎年の暮れに、・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「どうも太郎や次郎の大きくなったのには、たまげた。三吉もよくお前さん達の噂をしていますよ。あれも大きくなりましたよ」 とおげんは熊吉の子供に言って、それから弟の居るところへ一緒に成った。 しばらく逢わずにいるうちに直次もめっきり・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・『大阪サロン』編輯部、高橋安二郎。なお、挿絵のサンプルとして、三画伯の花鳥図同封、御撰定のうえ、大体の図柄御指示下されば、幸甚に存上候。」 月日。「前略。ゆるし玉え。新聞きり抜き、お送りいたします。なぜ、こんなものを、切り抜いて・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 友人たちは私を呼ぶのに佐野次郎左衛門、もしくは佐野次郎という昔のひとの名でもってした。「さのじろ。――でも、よかった。そんな工合いの名前のおかげで、おめえの恰好もどうやらついて来たじゃないか。ふられても恰好がつくなんてのは、てんか・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・もう一つを「次郎」と呼んでいた。あとの二匹は玉のような赤黄色いのと、灰色と茶の縞のような斑のあるのとで、前のを「あか」あとのを「おさる」と名づけていた、おさるは顔にある縞がいわゆるどこか猿ぐまに似ていたからだれかがそう名づけたのである。そう・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・、またこれに連関した辻二郎君の光弾性的研究や、黒田正夫君のリューダー線の研究、大越諄君の刃物の研究等は、いずれも最も興味ありまた有益なものである。また一方山口珪次君の単晶のすべり面の研究なども合わせて参照さるべきものと思われる。また未発表で・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
出典:青空文庫