・・・太鼓演習、──兵卒を二人向いあって立たせ、お互いに両手で相手の頬を、丁度太鼓を叩くように殴り合いをさせること。 そのほか、いろ/\あった。 上官が見ている前でのみ真面目そうに働いてかげでは、サボっている者が、つまりは得である。く・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・兄妹五人、一ことでも、ものを言い出せば、すぐに殴り合いでもはじまりそうな、険悪な気まずさに、閉口し切った。 母は、ひとり離れて坐って、兄妹五人の、それぞれの性格のあらわれている語りかたを、始終にこにこ微笑んで、たのしみ、うっとりしていた・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・しかし、だんだん考えてみると、相手の身勝手に気がつき、ただこっちばかりが悪いのではないのが確信せられて来るのだが、いちど言い負けたくせに、またしつこく戦闘開始するのも陰惨だし、それに私には言い争いは殴り合いと同じくらいにいつまでも不快な憎し・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・一口でも、ものを言えば殴り合いになりそうな気まずさ。自動車が浅草の雑沓のなかにまぎれこみ、私たちもただの人の気楽さをようやく感じて来たころ、馬場はまじめに呟いた。「ゆうべ女のひとがねえ、僕にこういって教えたものだ。あたしたちだって、はた・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・子供らは、家にいれば大人の喧嘩にまきこまれ、往来での遊戯といえば乱暴を働くことと殴り合いとであった。小さいゴーリキイは、心の疼くような嫌悪、恐怖、好奇心を湧き立たせながら「濃いまだら」のある妙な生活を観察し、次第に自分や他人の受ける侮蔑や苦・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫