・・・ 衛兵司令は、大隊長が鞭で殴りに来やしないか、そのひどい見幕を見て、こんなことを心配した位いだった。「副官!」 彼は、部屋に這入るといきなり怒鳴った。「副官!」 副官が這入って来ると、彼は、刀もはずさず、椅子に腰を落して・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・太鼓演習、──兵卒を二人向いあって立たせ、お互いに両手で相手の頬を、丁度太鼓を叩くように殴り合いをさせること。 そのほか、いろ/\あった。 上官が見ている前でのみ真面目そうに働いてかげでは、サボっている者が、つまりは得である。く・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・日本にも、それら大家への熱愛者が五万といるのであるから、私が、その作品を下手にいじくりまわしたならば、たちまち殴り倒されてしまうであろう。めったなことは言われぬ。それが HERBERT さんだったら、かえって私が、埋もれた天才を掘り出したな・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・私を傷つけなければ、君たちは生きて行けないのだろうね。殴りたいだけ殴れ。踏みにじりたいだけ踏みにじるがいい。嗤いたいだけ嗤え。そのうちに、ふと気がついて、顔を赧くするときが来るのだ。私は、じっとしてその時期を待っていた。けれども私は間違って・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・兵隊の兄も、まさか殴りやしないだろう。或いは、ケイ子以上に、感激し握手など求めるかも知れない。もし万一、自分に乱暴を働くようだったら、……その時こそ、永井キヌ子の怪力のかげに隠れるといい。 まさに百パーセントの利用、活用である。「い・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ と言って、またコツンと笠井氏の頭を殴りましたが、笠井氏は、なんにも抵抗せず、ふらふら起き上って、「男類、女類、猿類、いや、女類、男類、猿類の順か、いや、猿類、男類、女類かな? いや、いや、猿類、女類、男類の順か。ああ、痛え。乱暴は・・・ 太宰治 「女類」
・・・が救われるであろうと、大見得を切って、救われないのは汝等がわが言に従わないからだとうそぶき、そうして一人のおいらんに、振られて振られて振られとおして、やけになって公娼廃止を叫び、憤然として美男の同志を殴り、あばれて、うるさがられて、たまたま・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、さっさと走って峠を下った。一気に峠を駈け降りたが、流石に疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・度なり、よしよし今宵は天に代りて汝を、などと申述べ候も、入歯をはずし申候ゆえ、発音いちじるしく明瞭を欠き、われながらいやになり、今は之まで、と腕を伸ばして、老画伯の赤銅色に輝く左頬をパンパンパンと三つ殴り候えども、画伯はあっけにとられたる表・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・私は、この鬼を、殴り殺した。 私の辞書に軽視の文字なかった。 作品のかげの、私の固き戒律、知るや君。否、その激しさの、高さの、ほどを! 私は、私の作品の中の人物に、なり切ったほうがむしろ、よかった。ぐうだらの漁色家。・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
出典:青空文庫