・・・齢は五十を超えたるなるべけれど矍鑠としてほとんと伏波将軍の気概あり、これより千島に行かんとなり。 五日、いったん湯の川に帰り、引かえしてまた函館に至り仮寓を定めぬ。 六日、無事。 七日、静坐読書。 八日、おなじく。 九日・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・あの人の信仰とやらでもって、万事成らざるは無しという気概のほどを、人々に見せたかったのに違いないのです。それにしても、縄の鞭を振りあげて、無力な商人を追い廻したりなんかして、なんて、まあ、けちな強がりなんでしょう。あなたに出来る精一ぱいの反・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・のだから、どうしてもこの模範通りにならなければならん、完全の域に進まなければならんと云う内部の刺激やら外部の鞭撻があるから、模倣という意味は離れますまいが、その代り生活全体としては、向上の精神に富んだ気概の強い邁往の勇を鼓舞されるような一種・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・その時分の事を今の貴方がたに比べると、われわれ時代の書生というものは乱暴で、よほど不良少年という傾き――人によるとむしろ気概があった。天下国家を以て任じて威張っておった。われわれの年配の人は、いつも今の若い者はというような事をいっては、自分・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・そのような環境の中にあって公然と書き得る手紙の内容は略きまったものであることは云えるのだが、私はあのように不屈であり、高い気概に満ちていた尊敬すべきローザでさえも、当時のまだ方向が決定しなかったドイツの運動の段階においてはさけがたいものであ・・・ 宮本百合子 「生活の道より」
・・・人情の内容は、出来るだけ怠けて楽をしたいという人情から、死んでもそんな奴の恩恵にはあずかりたくないという気概の領域にまで及んでいる。私たちは、一人の女として、作家として、今日人情のどういう程あいのところを生きるか、また、社会の現実との交渉の・・・ 宮本百合子 「パァル・バックの作風その他」
・・・漱石の主観の裡では、一箇の人間として宰相と同等である自我、専門とする文学の領域においてはその分野における権威者として自己を主張した気概が窺われるのである。 然しながら、漱石が、人間性のより高さへの批判をもって観察した現実の自我は、社会の・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・彼は明治になっても華族、士族、平民という身分制が残っていることを不満として、常に自分の著者に東京平民福沢諭吉と署名したくらい気概ある学者であった。この福沢諭吉が益軒の「女大学」を読んだのは、彼の二十代まだ明治以前のことであった。人間らしくな・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・この画かきさんが大なる決心と気概とをもって、霊の権威のために、人道のために、はた宇宙の美のために断々乎として歩むならば吾人は霊的本能主義の一戦士として喜んで彼を迎えたい。も少し精を出して大作を作り、も少し力を入れてウルサイ世人をばかにしたら・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫