・・・同氏は薬罎を手に死しいたるより、自殺の疑いを生ぜしが、罎中の水薬は分析の結果、アルコオル類と判明したるよし。」 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 枕もとに来ていた看護婦は器用にお律の唇へ水薬の硝子管を当てがった。母は眼をつぶったなり、二吸ほど管の薬を飲んだ。それが刹那の間ながら、慎太郎の心を明くした。「好い塩梅ですね。」「今度はおさまったようでございます。」 看護婦・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・それから何か透明な水薬を一杯飲ませました。僕はベッドの上に横たわったなり、チャックのするままになっていました。実際また僕の体はろくに身動きもできないほど、節々が痛んでいたのですから。 チャックは一日に二三度は必ず僕を診察にきました。また・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・粉薬と水薬をくれたが、随分はやらぬ医者らしく、粉薬など粉がコチコチに乾いて、ベッタリと袋にへばりつき、何年も薬局の抽出の中に押しこんであったのをそのまま取り出して、呉れたような気がして、なにか頼りなかったが、しかし道子は姉がそれを服む時間が・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・と言いますので、医師に相談しますと、医師はこの病気は心臓と腎臓の間、即ち循環故障であって、いくら呑んでも尿には成らず浮腫になるばかりだから、一日に三合より四合以上呑んではよくないから、水薬の中へ利尿剤を調合して置こうと言って、尿の検査を二回・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・ 翌朝、看護婦はおげんのために水薬の罎を部屋へ持って来てくれた。「小山さん、今朝からお薬が変りましたよ」 という看護婦の声は何となくおげんの身にしみた。おげんは弟の置いて行った土産を戸棚から取出して、それを看護婦に分け、やがてち・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・要するにそれは一種の甘い水薬であったのである。もっともI君の家は医家であったので、炎天の長途を歩いて来たわれわれ子供たちのために暑気払いの清涼剤を振舞ってくれたのである。後で考えるとあの飲料の匂の主調をなすものが、やはりこの杏仁水であったら・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・陳もさっきおれといっしょにこの水薬をのんだがね、どうして六神丸にならなかったろう。」「それはいっしょに丸薬を呑んだからだ。」「ああ、そうか。もし陳がこの丸薬だけ呑んだらどうなるだろう。変らない人間がまたもとの人間に変るとどうも変だな・・・ 宮沢賢治 「山男の四月」
出典:青空文庫