・・・川添いの小家の裏窓から、いやらしい姿をした女が、文身した裸体の男と酒を呑んでいるのが見える。水門の忍返しから老木の松が水の上に枝を延した庭構え、燈影しずかな料理屋の二階から芸者の歌う唄が聞える。月が出る。倉庫の屋根のかげになって、片側は真暗・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ わたくしは小名木川の堀割が中川らしい河の流れに合するのを知ったが、それと共に、対岸には高い堤防が立っていて、城塞のような石造の水門が築かれ、その扉はいかにも堅固な鉄板を以って造られ、太い鎖の垂れ下っているのを見た。乗合の汽船と、荷船や・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・やがて河に臨む水門を、天にひびけと、錆びたる鉄鎖に軋らせて開く音がする。室の中なる人々は顔と顔を見合わす。只事ではない。 五 舟「かぶとに巻ける絹の色に、槍突き合わす敵の目も覚むべし。ランスロットはその日の試合に、二・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ 舟は西河岸の方に倚って上って行くので、廐橋手前までは、お蔵の水門の外を通る度に、さして来る潮に淀む水の面に、藁やら、鉋屑やら、傘の骨やら、お丸のこわれたのやらが浮いていて、その間に何事にも頓着せぬと云う風をして、鴎が波に揺られていた。・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫