・・・われは池畔の熊笹のうえに腰をおろし、背を樫の古木の根株にもたせ、両脚をながながと前方になげだした。小径をへだてて大小凸凹の岩がならび、そのかげからひろびろと池がひろがっている。曇天の下の池の面は白く光り、小波の皺をくすぐったげに畳んでいた。・・・ 太宰治 「逆行」
・・・之と争って、時われに利あらず、旗を巻いて家を飛び出し、近くの井の頭公園の池畔をひとり逍遥している時の気持の暗さは類が無い。全世界の苦悩をひとりで背負っているみたいに深刻な顔をして歩いて、しきりに夫婦喧嘩の後始末に就いて工夫をこらしているのだ・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・しかし池畔からホテルへのドライヴウェーは、亭々たる喬木の林を切開いて近頃出来上がったばかりだそうであるが、樹々も路面もしっとり雨を含んで見るからに冷涼の気が肌に迫る。道路の真中に大きな樹のあるのを切残してあるのも愉快である。 スイスあた・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・ H温泉池畔の例年の家に落着いた。去年この家にいた家鴨十数羽が今年はたった雄一羽と雌三羽とだけに減っている。二、三日前までは現在の外にもう二、三羽居たのだがある日おとずれて来たある団体客の接待に連れ去られたそうである。生き残った家鴨ども・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・ 香亭雅談には又江戸時代の文人にして不忍池畔に居を卜したものの名を挙げて下の如くに言っている。「古ヨリ都下ノ勝地ヲ言フ者必先ヅ指ヲ小西湖ニ屈スルハ其山水ノ観アルヲ以テナリ。服部南郭、屋代輪池、清水泊、梁川星巌、深川永機等皆一タビ、跡ヲ湖・・・ 永井荷風 「上野」
・・・楓が芽をふき始めるのは四月の中ごろであったと思うが、若王子の池畔にある数十本の楓だけでも、芽の出る時期は三、四段に分かれており、新芽の色もはっきり四、五種類に見分けることができた。若王子神社の伊藤快彦氏の話では、ここには十何種類かの楓が集め・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫