・・・科学上の真理は常に新鮮なるべきもので骨董趣味とは没交渉であるべきように見える。しかし実際は科学上にも一種の骨董趣味は常に存在し常に流行しているのである。 もし科学上の事実や方則は人間未生以前から存していて、ただ科学者のこれを発見し掘出す・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・また、鳥の生活に全然没交渉なわれわれは、鳥の声からしてわれわれの生活の中に無作法に侵入して来るような何物の連想をもしいられないせいもあるであろう。蝉の声には慣らされるが、ラジオの舌にはなかなか教育されるのに骨が折れる。 夕方歩いていたら・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ こんな物ずきな比較は現在の言語学の領域とは没交渉な仕事である。しかし上述のいろいろな不思議な事実はやはり不思議な事実であってその事実は科学的説明を要求する。どれもこれもことごとく偶然の現象だとして片付ける前にともかくも何かしら合理・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・それと没交渉に秋晴の太陽はほがらかに店先の街路に照り付けていた。この年になって、こんな処へ来て、こんな光景を初めて目撃しようとは夢にも想わないことであった。旅はすべきものである。 五稜郭行というバスを見かけて乗る。何某講と染め抜いた揃い・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・それはとにかく、ドイツではすでにそのころから政治と科学とが没交渉ではなかったと言ってもよい。 よくは知らないが現在のソビエト・ロシアの国是にも科学的産業興振策がかなり重要な因子として認められているらしい。たとえば飛行機だけ見てもなかなか・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ペンキ屋が看板の文字を書くようにそれはどこから筆を起してどういう方向に運んで行っても没交渉なもののように見えた。たまには複製でない本当の原本と思われる絵を見出して愉快を感じる事もあったが、ややもすればその独創的な点がもうそろそろ一種の安心し・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ 二 暦の上の春と、気候の春とはある意味では没交渉である。編暦をつかさどる人々は、たとえば東京における三月の平均温度が摂氏何度であるかを知らなくても職務上少しもさしつかえはない。北半球の春は南半球の秋である事だけ・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・浴場へ行って清澄な温泉に全身を浸し、連日の疲れを休めていると、どやどやと一度に五、六人の若い女がはいって来て、そこに居たわれわれ男性の存在には没交渉に、その華やかな衣裳を脱いで、イヴ以来の装いのままで順次に同じ浴槽の中に入り込んで来た。霊山・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・しかし科学者には没交渉であるはずの物の本性に立ち入ろうとする人間自然の欲求は更に電子は何かという疑問を発して止まぬのである。 前世紀において電気は何物ぞ、物質かエネルギーかという問題が流行した。電気窃取罪の鑑定人として物理学者が法廷に立・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・それであるのに科学と芸術とは一見没交渉な二つの天地を劃しているように思われる。このような区別はどこから来たものであろうか。 吾人が事象に対した時に、吾人の感官が刺戟されても、無念無想の渾沌たる状態においては自分もなければ世界もない。その・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
出典:青空文庫