・・・ しばらく行進を続けた後、隊は石の多い山陰から、風当りの強い河原へ出た。「おい、後を見ろ。」 紙屋だったと云う田口一等卒は、同じ中隊から選抜された、これは大工だったと云う、堀尾一等卒に話しかけた。「みんなこっちへ敬礼している・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・向の二階の肱掛窓を開けて、立ちもやらず、坐りもあえず、あの峰へ、と山に向って、膝を宙に水を見ると、肱の下なる、廂屋根の屋根板は、鱗のように戦いて、――北国の習慣に、圧にのせた石の数々はわずかに水を出た磧であった。 つい目の前を、ああ、島・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・――で、赤鼻は、章魚とも河童ともつかぬ御難なのだから、待遇も態度も、河原の砂から拾って来たような体であったが、実は前妻のその狂女がもうけた、実子で、しかも長男で、この生れたて変なのが、やや育ってからも変なため、それを気にして気が狂った、御新・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・図は四条の河原の涼みであって、仲居と舞子に囲繞かれつつ歓楽に興ずる一団を中心として幾多の遠近の涼み台の群れを模糊として描き、京の夏の夜の夢のような歓楽の軟かい気分を全幅に漲らしておる。が、惜しい哉、十年前一見した時既に雨漏や鼠のための汚損が・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・これに対抗する里見勢もまた相当の数だろうが、ドダイ安房から墨田河原近くの戦線までかなりな道程をいつドウいう風に引牽して来たのやらそれからして一行も書いてない。水軍の策戦は『三国志』の赤壁をソックリそのままに踏襲したので、里見の天海たる丶大や・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・徳川家康のエライところはたくさんありますけれども、諸君のご承知のとおり彼が子供のときに川原へ行ってみたところが、子供の二群が戦をしておった、石撃をしておった。家康はこれを見て彼の家来に命じて人数の少い方を手伝ってやれといった。多い方はよろし・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・谷は湯の河原になっています。二週間もいってきなされば、おまえさんのその体は、生まれ変わったようにじょうぶになることは請け合いです。」「それはほんとうですか?」と、少年は、生まれ変わったようにじょうぶになると聞いて、驚きと喜びとに飛び立つ・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・遠く眺めると彼方の山々も、野も、河原も、一様に赤い午後の日に色どられている。其処にも、秋の冷かな気が雲の色に、日の光りに潜んでいた。 前の山には、ぶな、白樺、松の木などがある。小高い山の中程に薬師堂があって鐘の音が聞える。境内には柳や、・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・ この辺一帯に襲われているという毒蛾を捕える大篝火が、対岸の河原に焚かれて、焔が紅く川波に映っていた。そうしたものを眺めたりして、私たちはいつまでしても酔の発してこない盃を重ねていた。・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ 四 喬は丸太町の橋の袂から加茂磧へ下りて行った。磧に面した家々が、そこに午後の日蔭を作っていた。 護岸工事に使う小石が積んであった。それは秋日の下で一種の強い匂いをたてていた。荒神橋の方に遠心乾燥器が草原に転っ・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
出典:青空文庫