・・・私は死んだってかまわないが、しかしこの子の頭上に爆弾が落ちたら、この子はとうとう、海というものを一度も見ずに死んでしまうのだと思うと、つらい気がした。私は津軽平野のまんなかに生れたので、海を見ることがおそく、十歳くらいの時に、はじめて海を見・・・ 太宰治 「海」
・・・私の故郷は、本州の北端、津軽平野のほぼ中央に在る。私は、すでに十年、故郷を見なかった。十年前に、或る事件を起して、それからは故郷に顔出しのできない立場になっていたのである。「兄さんから、おゆるしが出たのですか?」私たちはトンカツ屋で、ビ・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・妻は窓外の津軽平野を眺めながら言った。「案外、明るい土地ですね。」「そうかね。」稲はすっかり刈り取られて、満目の稲田には冬の色が濃かった。「僕には、そうも見えないが。」 その時の私には故郷を誇りたい気持も起らなかった。ひどく、ただ、・・・ 太宰治 「故郷」
・・・金木町というのは、私の生れた町である。津軽平野のまんなかの、小さい町である。同じ町の生れゆえ、それで自社の新聞を送って下さったのだ、ということは、判明するに到ったが、やはり、どんなお人であるか、それを思い出すことができないのである。とにかく・・・ 太宰治 「酒ぎらい」
出典:青空文庫