・・・ こんな実例から見ると、こうした種類の涙は異常な不快な緊張が持続した後にそれがようやく弛緩し始める際に流れ出すものらしい。 うれし泣きでも同様である。たいてい死んだであろうと思われていたむすこが無事に帰ったとか、それほどでなくとも、・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・こういう不思議な影響は先生の中のどういうところから流れ出すのであったか、それを分析しうるほどに先生を客観する事は問題であり、またしようとは思わない。 花下の細道をたどって先生の門下に集まった多くの若い人々の心はおそらく皆自分と同じような・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・ここから流れ出すものがたくさんな樋に分流しそれにいろいろの井戸から出る水を混じて書物になり雑誌になって提供される。温度の下がらないうちにと忙しい人の手で忙しく書かれた著書や論文が忙しい読者によって電車の中や床屋の腰かけで読まれる。それで二三・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・その特殊な条件をもつ短い時期のうちにおこった一つ二つのエピソードを中心として、この作者の全心から流れ出す初々しい生の感覚と愛の諧調で全篇がつらぬかれている。おのずからなる抒情的でメロディアスな筆致は、わたしの作品の全系列の中にあっても類の少・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・けれども何より私共が忘れてはならない一つの事は、それ等のどれでもが、皆我もひとも無い、総てのものを突抜いた奥の奥から流れ出すものでなければならないと云う事である。 女性の作家が、生活の為に創作をする事の少い現在の状態は、動機も純粋になる・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ 段々、かたくなく文字が流れ出す快感を覚える。何処まで、形式、内容が発達して行くか、 私にとっては、頭のためにも、感情のためにも、よい余技を見出した。 五月一日あらゆるものが、さっと芽ぐみ、何と云う 春だ!・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・の領内へ向って、流れ出すのであった。 育とうとする力、延びようとする力に充満している彼女のすべての生理状態は、自然的な死という現象からは、かなりの隔りをもっている。 今にさし迫ったことではないという、潜在的な余裕、安心と、彼女の空想・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ところへ、カッスルが入って来て、ああ、と両方からよりそって手をとりあったその感情から、静かな、劬りのあるステップが流れ出す。次第次第にそのステップは熱し、高まって、優しく激しい幾旋回かののち、曲は再び沈静して夫妻は互に互の体を支えあいながら・・・ 宮本百合子 「表現」
出典:青空文庫