・・・心情的な感じであるから、それは固定したものではなくて、私たちの日常のあれこれをかいくぐって流動しているものである。今感じられた幸福感も三時間のちには消されるということもある。何によってそれは導き出され、消されるだろうか。自分の内と外とのあら・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・二日には、あなたがそれまで二度お目にかかっていた時よりずっと馴れて、顔つきにも体つきにもあなたらしい流動性が出ていて、大変うれしく、本当にうれしかった。晴れやかな心持でかえりにいねちゃんのところへよったら、やっぱりよかったねとよろこんで、鶴・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・手術はせず、内科的になおしますが、いろいろ面倒くさい。流動物ばかりです。私の位でも苦しいことは相当であったから、あなたはさぞお辛かったでしょう。歩くなどということは実に苦しい。どうかお大切に。私の方はいろいろ揃っているのですから。きょう板上・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・しんから、ずっぷりと、暗く明るく泥濘のふかい東北の農村の生活に浸りこんで、そこに芽立とうとしている新鮮ないのちの流動を描き出してみたいと思っている。 一九四七年四月〔一九四七年六月〕・・・ 宮本百合子 「作者の言葉(『貧しき人々の群』)」
・・・ その間にも、私の背後に、活気ある都会の行人は絶えず流動していた。 通りすがりに、強い葉巻の匂いを掠めて行く男、私の耳に、きれぎれな語尾の華やかな響だけをのこして過る女達。 印袢纏にゴム長靴を引ずった小僧が、岡持を肩に引かつぎ、・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ 真向からの熱中、努力、緊張を意識した意気込みは必ず作品の、深静な生命の流動を妨げるものではあるまいか。ただ、真剣に頭に血を上らせて詰め寄せたとても徒労に終る、徒に鋭く、細かく、頭を働かせて事象を描こうとしても、写るものは影ばかりだ。計・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・ものの美しさは、生活の裡で時、場合、人にかかわりあって来るその流動において感じられ、とらえられるもので、なければなるまい。何が美しいかということに関する固定した知識が伝統からもたらされるとすれば、どんな時どういう風に美しくものを使ってゆくか・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・ これ丈永い間病臥して半流動物の食物しか摂れない経験は始めてだ。 去年の一月、グリップを患った。熱が高くて頭や頸がこわばって一寸夢中になった。少しましになってからYが 弱るから何かおあがり、何か食べたいものをお考え と日に何度となく・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
一 偶像破壊が生活の進展に欠くべからざるものであることは今さら繰り返すまでもない。生命の流動はただこの道によってのみ保持せらる。我らが無意識の内に不断に築きつつある偶像は、注意深い努力によって、また不断に破壊せられねばならぬ。・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
・・・その流動する眼や、ふっくりと持ち上がった頬や、しなやかな頸や、――それはいや応なしに眼にはいって来ます。友人に逢う。恋の悩みを聞かされます。その甘い苦しみが人を刺激しないではいません。この種類の刺激はとても数えきれないのです。ことに餓えたる・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫