・・・孕は地名で、高知の海岸に並行する山脈が浦戸湾に中断されたその両側の突端の地とその海峡とを込めた名前である。この現象については、最近に、土佐郷土史の権威として知られた杜山居士寺石正路氏が雑誌「土佐史壇」第十七号に「郷土史断片」その三〇として記・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・にはやはり父に連れられて高知浦戸湾の入口に臨む種崎の浜に間借りをして出かけた。以前に宅に奉公していた女中の家だったか、あるいはその親類の家だったような気がする。夕方この地方には名物の夕凪の時刻に門内の広い空地の真中へ縁台のようなものを据えて・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・ 中学時代に友人二三人と小舟をこいで浦戸湾内を遊び回ったある日のことである。昼食時に桂浜へ上がって、豆腐を二三丁買って来て醤油をかけてむしゃむしゃ食った。その豆腐が、たぶん井戸にでもつけてあったのであろう、歯にしみるほど冷たかった。炎天・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・たとえば、私が鮓を食うときにその箸にかび臭いにおいがあると、きっと屋形船に乗って高知の浦戸湾に浮かんでいる自分を連想する。もちろんこれは昔そういう場所でそういう箸で鮓を食った事があるには相違ないが、何ゆえにそういう一見些細なことがそれほど強・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫