・・・昔からいい古した通り海棠の雨に悩み柳の糸の風にもまれる風情は、単に日本の女性美を説明するのみではあるまい。日本という庭園的の国土に生ずる秩序なき、淡泊なる、可憐なる、疲労せる生活及び思想の、弱く果敢き凡ての詩趣を説明するものであろう。・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・桜と海棠の感じに相違のあるのは何人も認めている。その相違を説明しろと云われるとちょっとできにくい。写生文と普通の文章の差違は認められているにもかかわらず明かに道破されておらんのもこの理である。かの写生文を標榜する人々といえども単にわが特色を・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・ 狸横町の海棠は最う大抵散って居た。色の褪せたきたない花が少しばかり葉陰に見える。 仲道の庭桜はもし咲いて居るかも知れぬと期して居たが何処にもそんな花は見えぬ。かえってそのほとりの大木に栗の花のような花の咲いて居たのがはや夏めいて居・・・ 正岡子規 「車上の春光」
出典:青空文庫