・・・そして手紙の日づけと配達された日との消印の間に二十日ほど経っているが、それが検閲に費された日数なのであろう。そしてその細罫二十五行ほどに、ぎっしりと、ガラスのペンか何かで、墨汁の細字がいっぱいに認められてある。そしてちょっと不思議に感じられ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・きっと、貴下は、あの私の手紙に興奮して大騒ぎしてお友達みんなに見せて、そうして手紙の消印などを手がかりに、新聞社のお友達あたりにたのんで、とうとう、私の名前を突きとめたというようなところだろうと思っていますが、違いますか? 男のかたは、女か・・・ 太宰治 「恥」
・・・ひもにはりつけた赤い紙片の上にはってある切手の消印を読もうとして苦しんでいたが、消印はただ輪郭の円形がぼんやり見えるだけであった。「実に無責任だなあ」郵便局に対する不平を口の内でつぶやきながら、空虚な円の中から何かを見いだそうとして、ためつ・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・とあり、消印は「武蔵東京下谷 卅三年七月二十四日イ便」となっている。これは、夏目先生が英国へ留学を命ぜられたために熊本を引上げて上京し、奥さんのおさとの中根氏の寓居にひと先ず落着かれたときのことであるらしい。先生が上京した事をわざわざ知らし・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・ そのはがきを出したのは銀座で会う以前であったということは到着の時刻からも消印からも確実に証明された。 この偶然な二つの出来事の合致が起こるという確率は正確には計算しにくいが、とにかく千分の一とか二千分の一とかいう小数である。しかし・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・そしてイソダン郵便局の消印のある一通を忙わしく選り出して別にした。しかしすぐに開けて読もうともしない。 オオビュルナン先生はしずかに身を起して、その手紙を持って街に臨んだ窓の所に往って、今一応丁寧に封筒の上書を検査した。窓の下には幅の広・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・日日は、頻りに投票ハガキの多いこと、為に中央郵便局の消印機が過熱して使用に堪えぬとか、コンクリートの五階が潰れるとか、センセーショナルな記事をかかげる。都会に起ることは知識階級の注意を呼び醒し易いが、この新八景投票のように地方を中心としてい・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
出典:青空文庫