・・・ 悲しいとき涙腺から液体を放出する。おかしいとき横隔膜が週期的痙攣をはじめる。これも何か、もっとずっと悪い影響を救うための安全弁の作用をしているに相違ない。それで医術がもっともっと進歩すると、精神のけがでもこれら天然の妙機を人工的に幇助・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・それは二枚の平面板の間に粘性あるいは糊状の液体を薄層としてはさんでおいて、急にその二枚の板を引き離すときにできるきれいな模様の中のあるものである。この模様の分岐のしかたにも一種の週期性がある。しかしこの場合においてもこの週期性の決定要素はな・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・よんどころなく車掌台に立って外を見ていると、ある切り通しの崖の上に建てた立派な家のひさしが無残に暴風にこわされてそのままになっているのが目についた。液体力学の教えるところではこういう崖の角は風力が無限大になって圧力のうんと下がろうとする所で・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・びん入りの動物標本などで見受けるように、小動物の肉体に特殊な液体を滲透させて、その液中に置けば、ある度までは透き通って見える。ウェルズはたぶんあの標本を見て、そこからヒントを得たものに相違ない。 しかし、よく考えてみると、あらゆる普通の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ ある老人に液体空気の事を語る。老人いわく「空気が水になるのは何も珍しい事はない。夏コップに井水を盛れば器外に点滴のつくのはすなわちそれではないか」と。 疑う人におよそ二種ある。先人の知識を追究してその末を疑うものは人知の精をきわめ・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・無色の液体を二種混合するとたちまち赤や黄に変り、次に第三の液を加えるとまた無色になると云ったようなのを幾種類か用意してもらって、近所の友達を集めては得意になって化学的デモンストラチオンをやって見せたのであった。いつかこの若先生のところで顕微・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
大気中の水蒸気が凍結して液体または固体となって地上に降るものを総称して降水と言う。その中でも水蒸気が地上の物体に接触して生ずる露と霜と木花と、氷点下に過冷却された霧の滴が地物に触れて生ずる樹氷または「花ボロ」を除けば、あと・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・たとえば液体の運動でもいわゆる混乱運動を論ずる時にはオスボルン・レーノルズが行なったような特殊な取り扱いが必要になって来る。ここにも、エントロピーや温度の観念の拡張さるべき余地があるのではあるまいか。これに類した問題は液体の交流に関するもの・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
・・・太陽は磨きたての藍銅鉱のそらに液体のようにゆらめいてかかり融けのこりの霧はまぶしく蝋のように谷のあちこちに澱みます。(ああこんなけわしいひどいところを私は渡って来たのだな。けれども何というこの立派 諒安は眼を疑いました。そのいちめん・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
・・・日光にきらめき、風にしぶきながら樽からほとばしる液体は、その樽の上に黒ペンキでおどかすようにかきつけられていたPoison――毒ではなかった。液汁は、芳醇とまではゆかないにせよ、とにかく長年の間くさりもしないで発酵していた葡萄のつゆであった・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第七巻)」
出典:青空文庫