・・・……艶なる女優の心を得た池の面は、萌黄の薄絹のごとく波を伸べつつ拭って、清めるばかりに見えたのに、取って黒髪に挿そうとすると、ちっと離したくらいでは、耳の辺へも寄せられぬ。鼻を衝いて、ツンと臭い。「あ、」と声を立てたほどである。 雫・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 鐘に血を塗るというのは、本来はおそらく犠牲の血によって物を祭り清めるという宗教的の意義しかなかったのであろうが、しかし特に鐘の割れ目に塗るということがあったとすると、それは何かしら割れ目のために生じた鐘の欠点を補正するという意味があっ・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・食事がすんでそこらを片付けるうち風呂がわいたから父上から順々にいってからだを清める。風呂から出て奥の間へ行くと一同の着替えがそろえてある。着なれぬ絹の袴のキュー/\となるのを着て座敷へ出た。日影が縁へ半分ほど差しこんで顔がほて/\するのは風・・・ 寺田寅彦 「祭」
出典:青空文庫