・・・礼吉はなにか清潔な印象を受け、ほっとして雪の日の見合のことを想い出した。 織田作之助 「妻の名」
・・・しかも舟は上だな檜で洗い立ててありますれば、清潔この上なしです。しかも涼しい風のすいすい流れる海上に、片苫を切った舟なんぞ、遠くから見ると余所目から見ても如何にも涼しいものです。青い空の中へ浮上ったように広と潮が張っているその上に、風のつき・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・先生のような清潔好きな人が、よくこのむさくるしい炉辺に坐って平気で煙草が喫めると思われる程だ。 高瀬の来たことを聞いて、逢いに来た町の青年もあった。どうしてこんな田舎へ来てくれたかなどと、挨拶も如才ない。今度の奥さんはミッション・スクウ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・川が、それこそ蜘蛛の巣のように縦横無尽に残る隈なく駈けめぐり、清冽の流れの底には水藻が青々と生えて居て、家々の庭先を流れ、縁の下をくぐり、台所の岸をちゃぷちゃぷ洗い流れて、三島の人は台所に座ったままで清潔なお洗濯が出来るのでした。昔は東海道・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・この男は、よわい既に不惑を越え、文名やや高く、可憐無邪気の恋物語をも創り、市井婦女子をうっとりさせて、汚れない清潔の性格のように思われている様子でありますが、内心はなかなか、そんなものではなかったのです。初老に近い男の、好色の念の熾烈さに就・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・けれども私には、それに依って幻滅を感ずるどころか、かえって悲しくなつかしく、清潔なものをさえ感じました。あなたは臆するところ無く遊びます。周囲の思惑を少しも顧慮せず、それこそ、ずっかずっか足音高く遊びます。そうして遊びの責任を、遊びの刑罰を・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・部屋部屋が意外にも清潔に磨かれていた。もっと古ぼけていた筈なのに、小ぢんまりしている感じさえあった。悪い感じではなかった。 仏間に通された。中畑さんが仏壇の扉を一ぱいに押しひらいた。私は仏壇に向って坐って、お辞儀をした。それから、嫂に挨・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・けれどもひそかに、かたちのことを気にしていたのだ。清潔な憂悶の影がほしかった。私の腕くらいの太さの枝にゆらり、一瞬、藤の花、やっぱりだめだと望を捨てた。憂悶どころか、阿呆づら。しかも噂と事ちがって、あまりの痛苦に、私は、思わず、ああっ、と木・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・このような「市井の清潔係」としての蛆の功労は古くから知られていた。 戦場で負傷したきずに手当てをする余裕がなくて打っちゃらかしておくと、化膿してそれに蛆が繁殖する。その蛆がきれいに膿をなめつくしてきずが癒える。そういう場合のあることは昔・・・ 寺田寅彦 「蛆の効用」
・・・高等な料理店へ行けば、室内も立派で清潔ではあるが、そこに集まって食事をしている人達が、あまりに自分とはかけ距れた別の世界に属する人達のようであった。そういう中に交じってみると、自分がただ一人間違ってまぎれ込んだ異国の旅人でもあるような心持が・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫