・・・マクスウェルのには理智が輝いており、ケルヴィンのには強い意志が睨んでおり、レーリーのには温情と軽いユーモアーが見えるような気がする。これは自分だけの感じかもしれない。 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・多少の道化たるうちに一点の温情を認め得ぬものは親の心を知らぬもので、また写生文家を解し得ぬものであろう。 この故に写生文家は地団太を踏む熱烈な調子を避ける。恁る狂的の人間を写すのを避けるのではない。写生文家自身までが写さるる狂的な人間と・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・ 温情主義で搾取して、慈善設備でプロレタリアの母から子を奪う資本主義の文明をわれわれは徹底的に批判しなければならない。 女も手を握り、階級として立ち、せめて、よろこんで母になる権利を認めるプロレタリアの社会を一日も早くつくろうではな・・・ 宮本百合子 「「市の無料産院」と「身の上相談」」
・・・海上から、人の世の温情を感じつつその瞬きを眺めた心持、また、秋宵この胸欄に倚って、夜を貫く一道の光の末に、或は生還を期し難い故山の風物と人とを忍んだだろう明人の心持。……茫漠として古寂びたノスタルジヤが昼の雨に甦って来るように感じた。 ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・男の子にとっては、愛や温情の微塵もない中学校、女の子にとっては愛はあるようだがそれが無智であるために何にも人生的な救いとはなり得ない家庭教育。それらの轍の下で青春を散らす悲惨を、ヴェデキントは、強烈な表現で訴えているのである。 フランス・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・私はいかに峻厳な先生の表情に接する時にも、先生の温情を感じないではいられなかった。 私が先生を近寄り難く感じた心理は今でも無理とは思わない。私は現在同じ心理を、自分の敬愛する××先生に対して経験している。それはおそらく自分の怯懦から出る・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫