・・・ かかる群集の動揺む下に、冷然たる線路は、日脚に薄暗く沈んで、いまに鯊が釣れるから待て、と大都市の泥海に、入江のごとく彎曲しつつ、伸々と静まり返って、その癖底光のする歯の土手を見せて、冷笑う。 赤帽の言葉を善意に解するにつけても、い・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・最一つ二葉亭は洞察が余り鋭ど過ぎた、というよりも総てのものを畸形的立体式に、あるいは彎曲的螺旋式に見なければ気が済まない詩人哲学者通有の痼癖があった。尤もこういう痼癖がしばしば大きな詩や哲学を作り出すのであるが、二葉亭もまたこの通有癖に累い・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・わんどとは水の彎曲した半円形をいうのだ。が、かえってそれは少年に慰めにはならずに決定的に失望を与えたことになったのを気づいた途端に、予の竿先は強く動いた。自分はもう少年には構っていられなくなった。竿を手にして、一心に魚のシメ込を候った。魚は・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・トラホームだの頸腺腫だのX彎曲だの、というくだりは、あなたに、いい、といわれたばかりに、どこへでも持って歩いていたのです。『新ロマン派』で追記風にある同人雑誌のある人をほめていたことばを見て、ねたましく思ったこともあります。何をかいたか、自・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・供自身で針金ねじ曲げてこしらえた指輪なんかがはいっていて、その不手際の、でこぼこした針金の屈曲には、女の子のうんうん唸って、顔を赤くして針金ねじ曲げた子供の柔かいちからが、そのまま、じかに残っていて、彎曲のくぼみくぼみに、その子供の小さい努・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・そのときに始めて気のついたことは、この花のおしべが釣り針のように彎曲してその葯を花の奥のほうに向けていること、それからめしべの柱頭はおしべよりも長く外方に飛び出してしかもやはり同じように曲がっているということである。それで、虻が蜜汁をあさっ・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・風の影響もあるだろうが、それよりもむしろ、筒口を出る際の、偶然の些細な条件のために、時々は弾道が上の方でひどく彎曲して、とんでもない方へ行って開く事もある。 いちばん小さな筒と、その次のとが、最も頻繁に使われる。一発打ち上げたのの煙が、・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・その線路の右端の下方、すなわち紙の右下隅に鶯横町の彎曲した道があって、その片側にいびつな長方形のかいてあるのがすなわち子規庵の所在を示すらしい。紙の右半はそれだけであとは空白であるが、左半の方にはややゴタゴタ入り組んだ街路がかいてある。不折・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・首の長いガラスのフラスコの底板を思い切り薄くして少しの曲率をもたせて彎曲させたものである。その首を口にふくんで適当な圧力で吹くと底のガラスの薄板がポンという音を立ててその曲率を反転する。逆に吸い込むとペンと言ってもとの向きに彎曲する。吹くの・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・谷中の台地から田端の谷へ面した傾斜地の中腹に沿う彎曲した小路をはいって行って左側に、小さな荒物屋だか、駄菓子屋だかがあって、そこの二階が当時の氏の仮寓になっていた。 店の向かって右の狭苦しい入口からすぐに二階へ上がるのであったかと思う。・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
出典:青空文庫