・・・いつしか、日はまったく暮れてしまって、砂地の上は、しっとりと湿り気を含み、夜の空の色は、藍を流したようにこくなって、星の光がきらきらと瞬きました。港の方は、ほんのりとして、人なつかしい明るみを空の色にたたえていたけれど、盲目の弟には、それを・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・ 気がつくと、前歯が一枚抜けているせいか、早口になると彼の言葉はひどく湿り気を帯びた。「…………」 私は言うべきことがなかった。すると、もう男はまるで喧嘩腰になった。「あんたも迷信や思いはりまっか、そら、そうでっしゃろ。なん・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・あるいは藁苞のような恰好をした白鳥が湿り気のない水に浮んでいたり、睡蓮の茎ともあろうものが蓮のように無遠慮に長く水上に聳えている事もある。時には庇ばかりで屋根のない家に唐人のような漱石先生が居る事もある。このような不思議な現象は津田君のある・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・それが二三人で持ち合ってなかなか捗取らないような湿り気を帯びていた。やがて医者の声で、どうせ、そう急には御癒りにはなりますまいからと云った言葉だけが判然聞えた。それから二三日して、かの患者の室にこそこそ出入りする人の気色がしたが、いずれも己・・・ 夏目漱石 「変な音」
出典:青空文庫