・・・ 落葉を踏んで頂に達し、例の天主台の下までゆくと、寂々として満山声なきうちに、何者か優しい声で歌うのが聞こえます、見ると天主台の石垣の角に、六蔵が馬乗りにまたがって、両足をふらふら動かしながら、目を遠く放って俗歌を歌っているのでした。・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・高嶽の絶頂は噴火口から吐き出す水蒸気が凝って白くなっていたがそのほかは満山ほとんど雪を見ないで、ただ枯れ草白く風にそよぎ、焼け土のあるいは赤きあるいは黒きが旧噴火口の名残をかしこここに止めて断崖をなし、その荒涼たる、光景は、筆も口もかなわな・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・こういう雪の山路に行き暮れて満山の雪折れの音を聞くということは、想像するだけでも寒いようである。 ホテルの三階のヴェランダで見ていると、庭前の噴水が高くなり低くなり、細かく砕けたりまた棒立ちになったりする。その頂点に向かう視線が山頂への・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
出典:青空文庫