・・・それが済むと怪しげな名前の印度人が不作法なフロックコートを着て出て来た。何かわからない言葉で喋った。唾液をとばしている様子で、褪めた唇の両端に白く唾がたまっていた。「なんて言ったの」姉がこんなに訊いた。すると隣のよその人も彼の顔を見た。・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・未知と被覆とを無作法にかなぐり捨てて、わざと人生の醜悪を暴露しようとする者には、青春も恋愛も顔をそむけ去るのは当然なことである。 三 恋愛の本質は何か 恋愛とは何かという問題は昔から種々なる立場からの種々な解釈があっ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・きっとまた、へまな不作法などを演じて、兄たちを怒らせるのではあるまいかという卑屈な不安で一ぱいだった。 家の中は、見舞い客で混雑していた。私は見舞客たちに見られないように、台所のほうから、こっそりはいって、離れの病室へ行きかけて、ふと「・・・ 太宰治 「故郷」
・・・また、鳥の生活に全然没交渉なわれわれは、鳥の声からしてわれわれの生活の中に無作法に侵入して来るような何物の連想をもしいられないせいもあるであろう。蝉の声には慣らされるが、ラジオの舌にはなかなか教育されるのに骨が折れる。 夕方歩いていたら・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・どうかすると無作法な玉よりもはげしい音を立ててやっとくぐり抜ける事もあった。人間でさえも、ほんの少しばかりいつもより鍔の広い麦藁帽をかぶるともう見当がちがって、いろいろなものにぶっつかるくらいであるから、いかに神経の鋭敏な三毛でも日々に進行・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・ 今度のノーベル・プライズのために不意打ちをくらった世間が例のように無遠慮に無作法にあのボーアの静かな別墅を襲撃して、カメラを向けたり、書斎の敷物をマグネシウムの灰で汚したり、美しい芝生を踏み暴したりして、たとえ一時なりともこの有為な頭・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・だれでもかまわず無作法にじっと人の顔を見つめる癖があった、その様子が相手の目の中からその人の心の奥の奥まで見通そうとするようであった。実際彼女にはそういう不思議な能力が多分にあったように見える。人間の技巧の影に隠れた本性がそのままに見えるら・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・台所では皿鉢のふれ合う音、庖丁の音、料理人や下女らの無作法な話し声などで一通り騒がしい上に、ねこ、犬、それから雨に降り込められて土間へ集まっている鶏までがいっそうのにぎやかさを添える。奥の間、表座敷、玄間とも言わず、いっぱいの人で、それが一・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・悪魔でも呼び出さない人の前にはそう無作法には現われない。 欺くほうもあまりよくはないが、欺かれるほうもこの現象の第一原因としての責任はある。もし現代の科学を一通り心得た大岡越前守がこの事件を裁くとしたら、だまされたほうも譴責ぐらいは受け・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・ 中 その頃の余は西洋の礼式というものを殆んど心得なかったから、訪問時間などという観念を少しも挟さむ気兼なしに、時ならず先生を襲う不作法を敢てして憚からなかった。ある日朝早く行くと、先生は丁度朝食を認めている最中・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
出典:青空文庫