・・・(ちょっと順序を附 宗吉は学資もなしに、無鉄砲に国を出て、行処のなさに、その頃、ある一団の、取留めのない不体裁なその日ぐらしの人たちの世話になって、辛うじて雨露を凌いでいた。 その人たちというのは、主に懶惰、放蕩のため、世に見棄・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・是れ併し乍ら政府が無鉄砲なのでも属僚が没分暁なのでも何でもなくして、社会が文人の権威を認めないからである。坪内君が世間から尊敬せらるゝのは早稲田大学の元老、文学博士であるからで、舞踊劇の作者たり文芸協会の会長たるは何等の重きをなしていないか・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・彼等は殺気立ち、無鉄砲になり、無い力まで出して、自分達に勝味が出来ると、相手をやっつけてしまわねばおかない。犬喧嘩のようなものだ。人間は面白がって見物しているのに、犬は懸命の力を出して闘う。持主は自分の犬が勝つと喜び、負けると悲観する。でも・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・ところが、その時には、丘にも谷間にも豚群が呻き騒いで、剛い鼻さきで土を掘りかえしたり、無鉄砲に馳せまわったりしていた。豚は一見無神経で、すぐにも池か溝かに落ち込みそうだった。しかし、夢中に馳せまわっていながら、崖端に近づくと、一歩か二歩のと・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・それだのにまだおまえは隙さえありゃあ無鉄砲なことをしようとお思いのかエ。」と年齢は同じほどでも女だけにませたことを云ったが、その言葉の端々にもこの女の怜悧で、そしてこの児を育てている母の、分別の賢い女であるということも現れた。 源三・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・ということだったので、さすが愚直の弟子たちも、あまりに無鉄砲なその言葉には、信じかねて、ぽかんとしてしまいました。けれども私は知っていました。所詮はあの人の、幼い強がりにちがいない。あの人の信仰とやらでもって、万事成らざるは無しという気概の・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・あの時、私は但馬さんの無鉄砲な申し込みの話を聞いて、少し驚きながらも、ふっと、あなたにお逢いしてみたくなりました。なんだか、とても嬉しかったの。私は、或る日こっそり父の会社に、あなたの画を見に行きました。その時のことを、あなたにお話し申した・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・このチャンポンというのもまた、いまこそ、これは普通のようになっていて、誰もこれを無鉄砲なものとも何とも思っていない様子であるが、私の学生時代には、これはまた大へんな荒事であって、よほどの豪傑でない限り、これを敢行する勇気が無かった。私が東京・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・と計るのも極めて無鉄砲な話であると思った。所詮理想主義者は、その実行に当ってとかく不器用なもののようであるが、黄村先生のように何事も志と違って、具合いが悪く、へまな失敗ばかり演ずるお方も少い。案ずるに先生はこのたびの茶会に於いて、かの千利休・・・ 太宰治 「不審庵」
出典:青空文庫