・・・ と投げたように、片身を畳に、褄も乱れて崩折れた。 あるじは、ひたと寄せて、押えるように、棄てた女の手を取って、「お民さん。」「…………」「国へ、国へ帰しやしないから。」「あれ、お待ちなさい伯母さんが。」「どうし・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 紫の襲の片袖、紋清らかに革鞄に落ちて、膚を裂いたか、女の片身に、颯と流るる襦袢の緋鹿子。 プラットフォームで、真黒に、うようよと多人数に取巻かれた中に、すっくと立って、山が彩る、目瞼の紅梅。黄金を溶す炎のごとき妙義山の錦葉に対して・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・馬島に哀れなる少女あり大河の死後四月にして児を生む、これ大河が片身、少女はお露なりとぞ。 猶お友の語るところに依れば、お露は美人ならねどもその眼に人を動かす力あふれ、小柄なれども強健なる体格を具え、島の若者多くは心ひそかにこれを得んもの・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 石炭酸の臭いがプン/\している病院の手術室へ這入ると、武松は、何気なく先生、こんな片身をそぎ取られて、腹に穴があいて、一分間と生きとれるもんですか、ときいた。「勿論即死さ。」 医者は答えた。武松は忽ち元気を横溢さした。「じ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・それがある時台所で出入りの魚屋と世間話をしながら、刺身包丁を取り上げて魚屋の盤台の鰹の片身から幅二分くらい長さ一尺近い細長い肉片を巧みにそぎ取った。そうしてその一端を指でつまんで高く空中に吊り下げた真下へ仰向いた自身の口をもって行って、見る・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・「それもそうだがな、片身に皮だけはとって置いたらどうしたもんだ」「どうでも仕てくろえ」 蚊帳の中は依然として動かなかった。二人は用意して来た出刃で毛皮を剥きはじめた。出刃が喉から腹の中央を過ぎて走った。ぐったりとなった憐れな赤犬・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ 私は一寸振返ったけれ共知らない人だったので黙って居ると、屏風の中に入って何かして居た其の人はやがて片身を外へ出して、「百合ちゃん一寸おいで、 好いものを見せてあげ様。と手招きをした。 私は何の気なしに、・・・ 宮本百合子 「追憶」
出典:青空文庫