・・・ こう云う特質に冷淡な人は、久米の作品を読んでも、一向面白くないでしょう。しかしこの特質は、決してそこいらにありふれているものではありません。久米正雄は、――依然として久米正雄です。・・・ 芥川竜之介 「久米正雄氏の事」
・・・というような偶然的な属性を除き去っても、なおこれらのものがその芸術的価値において、没却すべからざる特質を有しているからである。このゆえに自分はひとり天主閣にとどまらず松江の市内に散在する多くの神社と梵刹とを愛するとともに(ことに月照寺におけ・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・そんなら、この処に一人の男(仮令があって、自分の神経作用が従来の人々よりも一層鋭敏になっている事に気が付き、そして又、それが近代の人間の一つの特質である事を知り、自分もそれらの人々と共に近代文明に醸されたところの不健康な状態にあるものだと認・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・ 予は今ここに文明の意義と特質を論議せむとする者ではないが、もし叙上のごとき状態をもって真の文明と称するものとすれば、すべての人の誇りとするその「文明」なるものは、けっしてありがたいものではない。人は誰しも自由を欲するものである。服従と・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・ しかし、科学的知識のみを基礎とした読物は、たとえ好奇心と興味とを多分に持たせることはできても、個性や、特質や、体験ということを無視するが故に、いまだこれをもって真の理解に到達したとはいえないのであります。そしてその暁は、かの架空的なお・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・地上に住む人間が、最も親しい土や木や、水のほんとうの色を忘れ、匂いを忘れ、特質を忘れたら、彼等は、もはや何処にも、棲家を持たないといっていゝ。なぜなら、彼等は自然に対する、否、地に対する反逆者であるからです。 言い換えれば、地と人間の親・・・ 小川未明 「草木の暗示から」
・・・私達はそこに、文章の面白味を知り、また個々の性格を知り多元的な生存の特質を知り、さらに人生の何たるかを悟らんとするのであります。 私は、よく、折にふれて空想するのであるが、人生観を持たず、何等信念を有せぬ貴婦人や、金持があったとする。彼・・・ 小川未明 「読むうちに思ったこと」
・・・『冷たな』とは作者の特質である。優しみと若やかな感じとは芸術本来が有つべき姿である。これを文芸について云えば、色彩描写たると平面描写たるとは問題でない。其れが芸術品として成上った時に於て、果して若やかな感じ即ち愉悦の情を見る人に与うるかゞ作・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・女子の特質とも言うべき柔和な穏やかな何処までも優しいところを梅子嬢は十二分に有ておられる。これには貴所も御同感と信ずる。もし梅子嬢の欠点を言えば剛という分子が少ない事であろう、しかし完全無欠の人間を求めるのは求める方が愚である、女子としては・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・「出鱈目は、天才の特質のひとつだと言われていますけれど。その瞬間瞬間の真実だけを言うのです。豹変という言葉がありますね。わるくいえばオポチュニストです。」「天才だなんて。まさか。」マダムは、僕のお茶の飲みさしを庭に捨てて、代りをいれ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫