・・・筵の戸口へ、白髪を振り乱して、蕎麦切色の褌……いやな奴で、とき色の禿げたのを不断まきます、尻端折りで、六十九歳の代官婆が、跣足で雪の中に突っ立ちました。(内へ怪と顔色、手ぶりで喘いで言うので。……こんな時鉄砲は強うございますよ、ガチリ、実弾・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・成程、ただ一人、帽子も外套も真黒に、畑に、つッくりと立った処は、影法師に狐が憑いたようで、褌をぶら下げて裸で陸に立ったより、わかい女には可笑しかろう…… いや、蜻蛉釣だ。 ああ、それだ。 小鬢に霜のわれらがと、たちまち心着いて、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・おらあ別に人の褌襠で相撲を取るにもあたらねえが、これが若いものでもあることか、かわいそうによぼよぼの爺さんだ。こう、腹あ立てめえよ、ほんにさ、このざまで腕車を曳くなあ、よくよくのことだと思いねえ。チョッ、べら棒め、サーベルがなけりゃ袋叩きに・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・「お前さん、こんなとこで寝るのに着物を着て寝る者があるもんですか。褌一筋だって、肌に着けてちゃ、螫られて睡られやしない、素裸でなくっちゃ……」 なるほど、そう言われて気をつけて見ると、誰も誰も皆裸で布団に裹まって、木枕の間から素肌が・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・記念祭の日、赤い褌をしめて裸体で踊っている寄宿生の群れを見て、軽蔑のあまり涙が落ちた。どいつもこいつも無邪気さを装って観衆の拍手を必要としているのだ。けれども、そう思う豹一にももともとそれが必要だったのだ。記念祭の夜応援団の者に撲られたこと・・・ 織田作之助 「雨」
・・・伏見の駕籠かきは褌一筋で銭一貫質屋から借りられるくらい土地では勢力のある雲助だった。 しかし、女中に用事一つ言いつけるにも、まずかんにんどっせと謝るように言ってからという登勢の腰の低さには、どんなあらくれも暖簾に腕押しであった。もっとも・・・ 織田作之助 「螢」
・・・その男は汚ない褌など露わして平気でずぶずぶと凹む軒端へつくばっては、新しい茅を差していた。 彼は屋根の棟に腰かけて、ほかほかと暖かい日光を浴びながら、健康に育った子供の時分のことを想いだして、不甲斐なくなった自分の神経をわれと憫笑してい・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 青い褌 自動車は合図の警笛をならしながら、刑務所の構内に入って行った。 監獄のコンクリートの壁は、側へ行くと、思ったよりも見上げる程に高く、その下を歩いている人は小さかった。――自動車から降りて、その壁を何度も・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・雷電の現象は虎の皮の褌を着けた鬼の悪ふざけとして説明されたが、今日では空中電気と称する怪物の活動だと言われている。空中電気というとわかったような顔をする人は多いがしかし雨滴の生成分裂によっていかに電気の分離蓄積が起こり、いかにして放・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・或者は代言人の玄関番の如く、或者は歯医者の零落の如く、或者は非番巡査の如く、また或者は浪花節語りの如く、壮士役者の馬の足の如く、その外見は千差万様なれども、その褌の汚さ加減はいずれもさぞやと察せられるものばかりである。彼らはまた己れが思想の・・・ 永井荷風 「妾宅」
出典:青空文庫