・・・だから彼等は馬の頭を立て直すと、いずれも犬のように歯をむき出しながら、猛然として日本騎兵のいる方へ殺到した。すると敵も彼等と同じ衝動に支配されていたのであろう。一瞬の後には、やはり歯をむき出した、彼等の顔を鏡に映したような顔が、幾つも彼等の・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ 社務所を虎のごとく猛然として顕れたのは摂理の大人で。「動!」と喚くと、一子時丸の襟首を、長袖のまま引掴み、壇を倒に引落し、ずるずると広前を、石の大鉢の許に掴み去って、いきなり衣帯を剥いで裸にすると、天窓から柄杓で浴びせた。「塩・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・画工、猛然として覚む。魘われたるごとく四辺をみまわし、慌しく画の包をひらく、衣兜のマッチを探り、枯草に火を点ず。野火、炎々。絹地に三羽の烏あらわる。凝視。彼処に敵あるがごとく、腕を挙げて睥睨す。画工 俺の画を見ろ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・たちまち私の傍を近々と横ぎって、左右に雪の白泡を、ざっと蹴立てて、あたかも水雷艇の荒浪を切るがごとく猛然として進みます。 あと、ものの一町ばかりは、真白な一条の路が開けました。――雪の渦が十オばかりぐるぐると続いて行く。…… これを・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ 目の露したたり、口許も綻びそうな、写真を取って、思わず、四辺を見て半紙に包もうとした。 トタンに人気勢がした。 樹島はバッとあかくなった。 猛然として憶起した事がある。八歳か、九歳の頃であろう。雛人形は活きている。雛市は弥・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・と言いかけて、初々しくちょっと俯向くのを見ると、猛然として、喜多八を思い起こして、わが境は一人で笑った。「ははは、心配なことではないよ。――おかげで腹あんばいも至ってよくなったし、……午飯を抜いたから、晩には入り合せにかつ食い、大いに飲むと・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 人畜を挙げて避難する場合に臨んでも、なお濡るるを恐れておった卑怯者も、一度溝にはまって全身水に漬っては戦士が傷ついて血を見たにも等しいものか、ここに始めて精神の興奮絶頂に達し猛然たる勇気は四肢の節々に振動した。二頭の乳牛を両腕の下に引・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ もういい。太宰、いい加減にしたら、どうか。 過善症。 猛然、書きたい朝が来る。その日まで待て。十年。おそしとせず。 彼失ワズ ケサ、六時、林房雄氏ノ一文、読ンデ、私カカナケレバナルマイト存ジマシタ。・・・ 太宰治 「創生記」
・・・と、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その棍棒を奪い取って、「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、さっさと走って峠を下った。一気に峠を駈け降りたが、流石に疲労し、折から・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・ 圭さんは雲と煙の這い廻るなかへ、猛然として進んで行く。碌さんは心細くもただ一人薄のなかに立って、頼みにする友の後姿を見送っている。しばらくするうちに圭さんの影は草のなかに消えた。 大きな山は五分に一度ぐらいずつ時をきって、普段より・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫