・・・ホレーシオが言うように、理智は何事をも知りはしない。理智はすべてを常識化し、神話に通俗の解説をする。しかも宇宙の隠れた意味は、常に通俗以上である。だからすべての哲学者は、彼らの窮理の最後に来て、いつも詩人の前に兜を脱いでる。詩人の直覚する超・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・ 彼の、先天的に鋭い理智と、感情とは、小僧っ子の事で一杯になっていた。 四十年間、絶えず彼を殴りつづけて来た官憲に対する復讐の方法は、彼には唯一つしかないと信じていた。そして、その唯一つの道を勇敢に突進した彼であった。 その戦術・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ 有島さんは非常に人を観るの直覚力が鋭くあったようですが、従ってその死に対しても可なり深い理智の力によってそれを見通されたことではあろうが、人間の力は単に、人間の脳力によって肯定され否定され得る理智の力、即ち首から上の事だけで解決の出来・・・ 宮本百合子 「有島さんの死について」
・・・ 彼の死を、長谷川如是閑のように、理智と本能の争いの結果とも見得るし、内的の力の消長の潮流の工合とも見られるのだ。 自分にとって、波多野氏の方から誘惑したとかどうとか云うことは窮極の問題ではない。誘惑と云うものは、あって無いものだ。・・・ 宮本百合子 「有島武郎の死によせて」
・・・クリストフの中に現れる女性は、各々豊富な感情や性格をもっていたが、現代女性の理智に欠けていた。彼女達は我知らず性格のままに生き、境遇につまりは順応した。 アンネットは、自分の心がどのような生活を欲しているかをはっきり自覚し、その為に境遇・・・ 宮本百合子 「アンネット」
・・・其にしても、総ての感情、理智の燃焼を透し、到る所に貴女のろうたきいきどおりとでも云うべきものが感じられるのは、非常に私の感興をそそりました。 きっと貴女の持っていらっしゃる詩興、詩趣によるものでしょう。結婚と云うものに対し、愛の発育と云・・・ 宮本百合子 「大橋房子様へ」
・・・だから、科学というとすぐ理智的ということでばかり受けとって科学を扱う人間がそこに献身してゆく情熱、よろこびと苦痛との堅忍、美しさへの感動が人間感情のどんなに高揚された姿であるのも若い女のひとのこころを直接にうたない場合が多い。このことは逆な・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・ 決して、理知は暗黒な意力、或は暴威を、互の為に許しはしないのだ。が、或瞬間、情熱の爆発は、其の忘我まで自分を馳り立てる。 彼女は――自分は――その忘我が、感情に於てふんだんの女性である自分にとって、不可抗なものである事を熟知して居・・・ 宮本百合子 「結婚問題に就て考慮する迄」
・・・歴史の一こまを前進させるという人類の最も高貴な事業が、人間の勇気と理智との大結集なしに成就したことは、ただの一度もなかったのである。〔一九四六年四月〕 宮本百合子 「結集」
・・・日本の今日の文学は、人間感情のリアリティーとして思意的な感情というものを所謂理性とか理知とかいう古風な形式にしたがった心理の分類によらぬ情緒そのもののリズムとして、情感として、どこまで承認し且それを描き出しているであろうか、と。 これは・・・ 宮本百合子 「現実と文学」
出典:青空文庫