・・・そうしてもっと甚だしい、もっと永続きのする断水や停電の可能性がいつでも目前にある事は考えない。 人間はいつ死ぬか分らぬように器械はいつ故障が起るか分らない。殊に日本で出来た品物には誤魔化しが多いから猶更である。 ランプが見付からない・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・これに反して今時の大多数の絵は、最初には自分の本当の感じから出発するとしても、甚だしいソフィスチケーションの迂路を経由して偶然の導くままに思わぬ効果に巡り会うことを目的にして盲捜りに不毛の曠野を彷徨しているような気がする。青く感じたものは赤・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・それは、理化学の進歩の結果としてあらゆる交通機関が異常に発達したのはよいが、その発達が空間的時間的に不均整なために、従来は接触し得なかったような甚だしい異質的なものの接触が烈しくなり、異質間の異性質のグレディエントが大きくなった。そうして、・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・大湯の近くまで来てみてやっと追憶の温泉町を発見したが、あまりに甚だしい変り方に呆れて何となく落着く気になれなかったので、そのまま次の汽車で引返して帰って来た。 今日は朝の九時半頃家を出て箱根で昼飯を食って二時には熱海へ来た。そうして熱海・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・おそらく今度と同じか、むしろもっと甚だしい災害に襲われそうである。被服廠跡でも、今度は一箇所ですんだが、この次には、これが何箇所にもなるだろう。それから、今度の地震にはなかった新しい仕掛けの集団殺人設備が、いろいろ出来ているだろう。たとえ高・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・たとえ省察の結果が誤っていて、そのために流言が実現されるような事があっても、少なくも文化的市民としての甚だしい恥辱を曝す事なくて済みはしないかと思われるのである。 寺田寅彦 「流言蜚語」
・・・芸人にはこの贔負が特に甚だしい。相撲なんかそれです。私の友人に相撲のすきな人があるが、この人は勝った方がすきだと申します。この人なんか正義の人で、公平で、決して贔負ではない。贔負になるとこんな事が出来ない。かく芸を離れて当人になってくるのは・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・ 箇人主義――利己主義、それは名の如く、何事に於ても、自己を根本に置て考え、没我的生活に対する主我的の甚だしいものである。 主我! それは、真にたとうべくもあらぬ尊いものである。 此の世に生れ出た以上は、自己を明らかにし・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・で警告していたとおり、家の観念の崩壊がフランスの今日をあらしめたというような、牽強も甚だしい広告にもつられなければならない。いい加減の訳をよまされた上、景品として世界的現実の劇画まで与えられることは、私たちとして辞退したく思うのである。・・・ 宮本百合子 「翻訳の価値」
出典:青空文庫