・・・ 子どもの生まれることを恐れる性関係は恋愛ではない。「汝は彼女と彼女の子とを養わざるべからず」 学生時代私はノートの表紙に、こう書きつけて勉強のはげましにした。 四 青春の長さと童貞 恋愛は倫理的なあこが・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・込めて、素直に座を譲ってくれたのも、こういう児であったればこそと先刻の事を反顧せざるを得なくもなり、また今残り餌を川に投げる方が宜いといったこの児の語も思合されて、田野の間にもこういう性質の美を持って生れる者もあるものかと思うと、無限の感が・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ 袖子の母さんは、彼女が生まれると間もなく激しい産後の出血で亡くなった人だ。その母さんが亡くなる時には、人のからだに差したり引いたりする潮が三枚も四枚もの母さんの単衣を雫のようにした。それほど恐ろしい勢いで母さんから引いて行った潮が――・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・滅亡するものの悪をエムファサイズしてみせればみせるほど、次に生れる健康の光のばねも、それだけ強くはねかえって来る、それを信じていたのだ。私は、それを祈っていたのだ。私ひとりの身の上は、どうなってもかまわない。反立法としての私の役割が、次に生・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・わたくしが、この世に生れる前と、生れてからとで経験しました、第一期、第二期の生活では、それが教えられずにしまいました。」 ここまで書いて来て、かの罪深き芸術家は、筆を投じてしまいました。女房の遺書の、強烈な言葉を、ひとつひとつ書き写して・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ あらゆる方面から来る材料が一つの釜で混ぜられ、こなされて、それからまた新しい一つのものが生れるという過程は、人間の精神界の製作品にもそれに類似した過程のある事を聯想させない訳にはゆかなかった。 そのような聯想から私はふとエマーソン・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・哲学の生れる国の自然にふさわしいと云った人の言葉を想い出させる。 船が着いてから小さな丘に上って行った。丘の頂には旗亭がある。その前の平地に沢山のテエブルと椅子が並べてあって、それがほとんど空席のないほど遊山の客でいっぱいになっている。・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・社会が文芸を生むか、または文芸に生まれるかどっちかはしばらく措いて、いやしくも社会の道徳と切っても切れない縁で結びつけられている以上、倫理面に活動するていの文芸はけっして吾人内心の欲する道徳と乖離して栄える訳がない。 我々人間としてこの・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ 歴史は過去を振返った時始めて生れるものである。悲しいかな今のわれらは刻々に押し流されて、瞬時も一所にていかいして、われらが歩んで来た道を顧みる暇を有たない。われらの過去は存在せざる過去の如くに、未来のために蹂躙せられつつある。われらは・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・ヘーゲルの実在界は、そこから我々の自己の生れる世界ではない。そこから我々の自己の生死の原理は出て来ないであろう。意志的自己といえば、単に意識的自己の抽象的意志というものが考えられる。しかしそれは真の実践的自己ではない。実践は一々が歴史的創造・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
出典:青空文庫