・・・そして、この著者が『文芸』二月号に書いている「私の批評家的生い立ち」と合わせて、私は永年の友達であるこの著者の人柄や心持ちなどの真髄を、あらためて印象のうちに纏められたような心持がした。 いきなり人について云いはじめるのは妙なようだけれ・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・だが、一方では、作者は、作中の主要な人物の一人である与作の村の若衆としてはごく特殊な生い立ちや経歴から来る村民との日常交渉について忽卒に過ぎているのは作品の効果を薄める結果となっている。 作者は、非常に多くの頁を木村のために割いてい・・・ 宮本百合子 「作家への課題」
・・・この船出は、地理上の旅行であるばかりでなく、フランス中産階級の生活の中でも特別な生い立ちをもったジイドにとっては全く幼年時代からの訣別であった。アフリカという未知の地方への出発は、ジイドにとってはとりも直さず未知な生活、未知な自己の個性、未・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・ロマンティックな傾向に立って文学的歩み出しをしていた藤森成吉、秋田雨雀、小川未明等の若い作家たちは、新たに起ったこの文学的潮流に身を投じ、従来の作家の生い立ちとは全くちがった生活の閲歴を持った前田河広一郎、中西伊之助、宮地嘉六等の作家たちと・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ けれ共肇の話す生い立ちは「うそ」にしろ「出たらめ」にしろ気持の悪い作り事ではなかった。 下らないわかりきった事に「いい加減」を云われると千世子は「かんしゃく」を起したけれ共美くしい幾分か芸術的な「うそ」は自分もその気になって聞く事・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ 自分の生い立ち等を話す時はあんまり神経的になりすぎた。 けれ共一度寄せた大浪が引く様に高ぶった感情がしずまると渚にたわむれかかる小波の様に静かに美くしく話す、その自分の言葉と心理をどうにでも向けかえる事の出来るのを千世子は羨みもし・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
・・・家は馬籠の旧本陣で、そこの大規模な家の構え、召使いなどの有様は、「生い立ちの記」の中にこまかく描かれている。父というひとは、「それは厳格で」「家族のものに対しては絶対の主権者で、私達に対しては又、熱心な教育者で」あった。髪なども長くして、そ・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・物心がついて以後の藤村の生い立ちの苦労が、この傾向と深く結びついているであろう。『桜の実の熟する時』や『春』などで見ると、藤村はその少年時代や青年時代を他人の庇護のもとに送り、その年ごろに普通のわがままをほとんど発揮することができなかったの・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
・・・この作で特に目につくのは、主人公の我がいかに頑固に骨に食い入っているかをその生い立ちによって明らかにしたこと、夫や妻やその他の人々の利己主義を平等に憎んでいること、その利己主義を打ち砕くべき場合方法などを繰り返し繰り返し暗示していること、結・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫