・・・不幸にもキリストなどに似て生れたことが、ほんとにその男のその男らしい生きかたに、どんな作用も及ぼさないとは思えない。自分というものを、外形の偶然からきめられる、丁度境遇の偶然で、自分の生きかたをきめられる場合が多いように。「顔」は、様々・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第三巻)」
・・・ァーの新しい愛人、そして良人として現われたコルベット卿をやっている俳優が、英国風の紳士というものを何か勘ちがいして、英国名物のチャンバーレン、蝙蝠傘は忘れずその手に持参しているばかり、到ってユーモアも男らしい複雑な味もなく一番つまらない。ジ・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・「ほんとうにいかにも人間らしい男らしい方ですわ、男のだれでももって居る馬鹿な事をあんたはちゃんともってるんですもの――ねえ」 女は笑いながらこんな事を云った。胸のフックリしたところにさっき自分をつっついて居た針の光ってるのを見つけて・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・ 身丈なんか私共より高くなって、太い如何にも男らしい声を出して居る子が、何でも人並みにとりあつかいたがる気持が面白い。 毎朝鳥の餌を運んで行く「みかん箱」にまで「第何号」「鶏舎専用」などと書いて居る。 可愛らしい事だと思って見て・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・ 女性の感情の至純さと、素質の平等、一言に云えば夫人の良人に対する知と云うものに尊敬の払えないような、所謂男らしい欠点を多大に持った人は、こちらの女性に対して、彼の持つ、哀れむべき尊厳を犯される不安から、虚勢を張ってけなしてしまいます。・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・理解するところでは、小林多喜二的身がまえというどちらかというと舌足らずな表現は、作家小林多喜二のあの精力的な、多面的な活動意慾と、解放運動の刻々の進展につれて、容赦なく自身を鞭撻しその課題に献身した、男らしいそしていかにも階級的芸術家らしい・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・男女関係で、獣の牡牝にひとしい挙止を見た日本の自然主義の作家たちは、我知らずこれまでの日本の男らしい立場で、そのような牡である自身を人間的な悲愴さで眺め解剖しつつ、そういう牡である男に対手となる女が、はたして男が牡であると同量にあるいはその・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
・・・優しい目に男らしい権威がある。口はグレシアの神の像にでもありそうな恰好をしているのですね。わたくしはあの時なんとも言わずにいましたが、あの日には夕食が咽に通らなかったのです。 女。大方そうだろうと存じましたの。 男。実は夜寝ることも・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・彼らの粗暴な無道徳な行為も、因襲の圧迫を恐れない真実の生の冒険心――大胆に生の渦巻に飛び込み、死を賭して生の核実に迫って行く男らしい勇気の発現として私の眼に映った。かくて私は彼らの人格と行為とのすべてに愛着を持ち続けた。 私は私の心を常・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫