・・・色の白い、眉の迫った、痩せぎすな若主人は、盆提灯へ火のはいった縁先のうす明りにかしこまって、かれこれ初夜も過ぎる頃まで、四方山の世間話をして行きました。その世間話の中へ挟みながら、「是非一度これは先生に聞いて頂きたいと思って居りましたが。」・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ 燈火に対して、瞳清しゅう、鼻筋がすっと通り、口許の緊った、痩せぎすな、眉のきりりとした風采に、しどけない態度も目に立たず、繕わぬのが美しい。「これは憚り、お使い柄恐入ります。」 と主人は此方に手を伸ばすと、見得もなく、婦人は胸・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・触ると撓いそうな痩せぎすな、すらりとした、若い女で。……聞いてもうまそうだが、これは凄かったろう、その時、東京で想像しても、嶮しいとも、高いとも、深いとも、峰谷の重なり合った木曾山中のしらしらあけです……暗い裾に焚火を搦めて、すっくりと立ち・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 僕は小学校を卒業したばかりで十五歳、月を数えると十三歳何ヶ月という頃、民子は十七だけれどそれも生れが晩いから、十五と少しにしかならない。痩せぎすであったけれども顔は丸い方で、透き徹るほど白い皮膚に紅味をおんだ、誠に光沢の好い児であった・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・鉄ちゃんは須田町の近くの魚屋の伜で十九歳、浅黒い顔に角刈りが似合い、痩せぎすの体つきもどこかいなせであった。 やがて安子と鉄ちゃんの仲が怪しいという噂が両親の耳にはいった。縁日の夜、不動様の暗がりで抱き合っていたという者もあり、鉄ちゃん・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・晩年には服装なぞも余り構わなかったし、身体は何方かと云えば痩せぎすな、少し肩の怒った人で、髪なぞは長くしていた。北村君の容貌の中で一番忘れられないのは、そのさもパッションに燃えているような、そして又考え深い眼であった。 明治年代に記憶す・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・ねえさん、ねえさんと怜悧に甘えていた、あの痩せぎすの高等学校の生徒であろうか。いやらしい、いやらしい。眼は黄色く濁って、髪は薄く、額は赤黒く野卑にでらでら油光りして、唇は、頬は、鼻は、――あによめは、あまりの恐怖に、わなわなふるえる。 ・・・ 太宰治 「花燭」
・・・髪の黒い、黒い眼のキラキラした痩せぎすの彼女にとって、マダム・ブーキンというのは頬に紅をさすのと同じに、一つの趣味に過ぎないのだろう。ジェルテルスキーは、蒲田でこの夫人の若い愛人になったことがあった。――撮映されたのだ。―― 非常に豊富・・・ 宮本百合子 「街」
出典:青空文庫