・・・あの皿にある白地鳥、――そうそう、あの焼き肉じゃ。――それも都などでは見た事もあるまい。白地鳥と云う物は、背の青い、腹の白い、形は鸛にそっくりの鳥じゃ。この島の土人はあの肉を食うと、湿気を払うとか称えている。その芋も存外味は好いぞ。名前か?・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 阿闍梨は、白地の錦の縁をとった円座の上に座をしめながら、式部の眼のさめるのを憚るように、中音で静かに法華経を誦しはじめた。 これが、この男の日頃からの習慣である。身は、傅の大納言藤原道綱の子と生れて、天台座主慈恵大僧正の弟子となっ・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
・・・テエブルにかけたオイル・クロオスは白地に細い青の線を荒い格子に引いたものだった。しかしもう隅々には薄汚いカンヴァスを露していた。僕は膠臭いココアを飲みながら、人げのないカッフェの中を見まわした。埃じみたカッフェの壁には「親子丼」だの「カツレ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・……手にも掬ばず、茶碗にも後れて、浸して吸ったかと思うばかり、白地の手拭の端を、莟むようにちょっと啣えて悄れた。巣立の鶴の翼を傷めて、雲井の空から落ちざまに、さながら、昼顔の花に縋ったようなのは、――島田髭に結って、二つばかり年は長けたが、・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ほども遠い、……奥沢の九品仏へ、廓の講中がおまいりをしたのが、あの辺の露店の、ぼろ市で、着たのはくたびれた浴衣だが、白地の手拭を吉原かぶりで、色の浅黒い、すっきり鼻の隆いのが、朱羅宇の長煙草で、片靨に煙草を吹かしながら田舎の媽々と、引解もの・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 真中に際立って、袖も襟も萎えたように懸っているのは、斧、琴、菊を中形に染めた、朝顔の秋のあわれ花も白地の浴衣である。 昨夜船で助けた際、菊枝は袷の上へこの浴衣を着て、その上に、菊五郎格子の件の帯上を結んでいたので。 謂は何かこ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 何か、自分は世の中の一切のものに、現在、恁く、悄然、夜露で重ッくるしい、白地の浴衣の、しおたれた、細い姿で、首を垂れて、唯一人、由井ヶ浜へ通ずる砂道を辿ることを、見られてはならぬ、知られてはならぬ、気取られてはならぬというような思であ・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・盆くれのつかいもの、お交際の義理ごとに、友禅も白地も、羽二重、縮緬、反ものは残らず払われます。実家へは黙っておりますけれど、箪笥も大抵空なんです。――…………………それで主人は、詩をつくり、歌を読み、脚本などを書いて投書をするのが仕事です。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・背丈すらっとして色も白い方でちょっとした娘だ。白地の手ぬぐいをかぶった後ろ姿、一村の問題に登るだけがものはある。満蔵なんか眼中にないところなどはすこぶる頼もしい。省作にからかわれるのがどうやらうれしいようにも見えるけれど、さあ仕事となれば一・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・格好のよい肩に何かしらぬ海老色の襷をかけ、白地の手拭を日よけにかぶった、顋のあたりの美しさ。美しい人の憂えてる顔はかわいそうでたまらないものである。「おとよさんおとよさん」 呼ぶのは嫂お千代だ。おとよは返辞をしない。しないのではない・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
出典:青空文庫